2283話 希望無き死闘
絶望と静寂が蔓延する戦場に、『先生』の人ならざる高笑いだけが響いていた。
血だまりの中に倒れ伏したテミスの身体は既に動く事は無く、恐らくはもう事切れているのだろう。
「っ……!!」
「ッ……!!」
だが、ただ一人戦場の真ん中に仁王立ち、高笑いを続ける『先生』の背を睨み付けて、ゆらりと立ち上がる二つの影があった。
それはつい先ほどまで、絶望の底に沈んでいた筈のアイシュとスイシュウで。
テミスほどではなかったものの、二人とも柄の無い剣の攻撃をその身に受けており、すでに満身創痍だった。
「……君もかい?」
「悔しいですが、あの戦いぶりを見て奮い立てぬほど、腑抜けた覚えはありません」
「だよねぇ……。ボクたちが彼女を巻き込んだんだ。じゃあ、ボクたちも最後まで戦わないとだよね」
「貴方は逃げても構いませんよ。私だけでも十分です」
「ここまで来て、抜け駆けは無しさ。やってやろうじゃないの。たとえ……刺し違えてでもさぁッ……!!!」
「クス……では、共に殉ずるとしましょうか。彼女の意志にッ!!!」
肩を並べて立ち上がったアイシュとスイシュウは、消耗の隠しきれない声で軽口を叩き合った後、揃って自身の剣を固く握り締めて想いを乗せた。
瞬間。
アイシュとスイシュウの怒りと憎しみを喰らった呪法刀は、周囲の空間すら歪む程の力を纏う。
だがその力は、到底アイシュとスイシュウに御しきる事ができるものでは無く、爆発的に高まった呪法刀の呪いが、二人の腕を蝕んでいく。
「グッ……ッ……!! さぁ、そろそろ死のうか」
「フゥ……! フゥッ……!! ここで……殺すッ!!」
極限まで力を高めたアイシュとスイシュウは、荒々しい殺意を周囲へ撒き散らしながら、一直線に『先生』の背へと斬りかかった。
「止すんだ」
「ウゥッ……!?」
「くっ……!?」
だが、『先生』は背後から斬りかかった二人を一瞥すらすることなく、ゆったりとした動きで腕をあげると、手に携えた長剣でまとめて受け止める。
それでも、『先生』は体勢を傾がせる事すらなく、二人が力の限り押し込む刃を受け止め続け、拮抗させた。
「君たちの纏うそれは、確かに素晴らしい力の奔流だ。怒り、憎しみ、恨み、殺意。今の人類が持ち得ることのできる、最強の力であると保証しよう」
「グクッ……ウウゥゥッ……!!」
「ッ……!! グゥゥゥッ……!!」
「だが、その力は私の持つ物と同種同質の力。その程度の力の濁流は、私はとうの昔に飲み干している」
アイシュもスイシュウも、目を見開き食いしばった歯をむき出しにした修羅の如き形相で力を込めているものの、淡々と言葉を紡ぐ『先生』が揺らぐ事は無く、ただの一振りで二人をまとめて弾き飛ばす。
「それに、超越者足り得ない君たちにそれは過ぎた力だよ」
「ぐっ……ぐぁぁぁぁっ……!!」
「ウ……グゥゥゥゥゥッ!!」
弾き飛ばされた衝撃で、アイシュとスイシュウの剣はキリキリと宙を舞い、静かな音を奏でて傍らの地面へと突き刺さる。
しかし、呪法刀を手放して尚。
二人の身体に逆流した呪いが消える事は無く、激痛となって二人の身体を蝕んだ。
「流石に……哀れだ。ならばせめて、君たちもここで止めを刺していくのが慈悲というものだろうか」
酷く愁いを帯びた声で、『先生』はゆっくりと言葉を紡ぐと、呪いの力へと手を染めた反動で身を蝕まれながら、地面をのた打ち回るアイシュとスイシュウを振り返る。
だが、酷く醜い割れ目のような異形の口角は歪に吊り上がっており、眼前に広がる地獄のような惨状を愉しんでいるかのようだった。
「やって……みろよっ……!! ハァッ……ハァッ……!! ボクたちは、その喉笛に齧りついてでも、お前を殺してやるッ……!!」
「お前が呪いを操るというのなら、私たちの憎しみがッ!! お前を呪い殺すッ!!」
地面に倒れ伏して尚、アイシュとスイシュウの戦意が失われる事は無く、呪いに蝕まれた身体を無理矢理に引き起こし、ギラリと気迫の籠った瞳で『先生』を睨み付けた。
二人とも、穏やかで冷静な普段の様相とはかけ離れており、呪いによって変じた腕は既に、異形と化している。
それでも、テミスが二人の胸の内に宿し闘志の炎は燃え盛り、気迫となって猛り狂っていた。
「良いだろう。その憎しみ全てを飲み干して……こそ……っ……!?」
武器を失い、闘志のみで抗うアイシュとスイシュウに止めを刺すべく、『先生』が長剣を構えた時だった。
同時に悠然と紡がれていた言葉は虚空へと消え、アイシュとスイシュウへと向けられていた顔が明後日の方向へと向けられる。
その方向には、力尽きたテミスが横たわる血だまりがある……はずだったのだが……。
「馬鹿なッ……!! なぜ生きてッ……!? いや、動けるはずがッ……!!?」
ぱしゃり。と、小さな水音が響くと同紙に、驚愕と動揺に塗れた『先生』の言葉が響く。
『先生』が言葉を向けた先では、血だまりの中で力尽きた筈のテミスが、その両脚でしっかりと立ち上がっていて。
そんな問いに答えを返すかの如く、立ち上がったテミスは言葉を発する事すらなく動くと、傍らに突き立っていた筈のアイシュの剣を『先生』の腹へと突き立て、そのまま押し倒すように地面へと縫い留めたのだった。




