2279話 禁忌を犯せし者
それは紛れもなく、最低最悪の兵器だった。
異なる技術体系が構築されているとはいえ、この世界は未だ剣を振るい、弓矢を射かけ、魔法を叩き込む……。
つまるところは有視界戦闘にを繰り広げている世界だ。
そんな世界にとって、視界どころか意識すらできないほどの超長距離から叩き込まれる炸裂弾は、まさしく神代の一撃とも称すべき超常の一撃といえるだろう。
しかもそれに加えて、生物や物体の区別を無く蝕む、呪いだなどという猛毒付きなのだ。
この世界の人々が、抗う術もなく蹂躙され尽くすであろう事は想像に難くない。
「参ったね……それが本当なら、世界はとんでもないことになる」
「やはり……ここで倒すしかないのですかっ……!!」
「っ……!!!」
悠然と語ってみせた『先生』の言葉に、スイシュウとアイシュはごくりと生唾を呑み込んで戦慄を露にする。
これまで地獄と化したネルードで見聞きしてきたもの、そして今まさに呪いに蝕まれて倒れ伏しているサキュド達を知るが故に、二人にもその恐ろしさは十分想像できているのだろう。
だが、異なる世界の知識を有するテミスの脳裏に過るのは、二人が思い描いているよりももっと凄惨で、遥かに明確な記録の記憶。
尤もテミスとて、前世での生を含めても、実際にその地獄を見てきたわけではないのだが。
しかし記録を通して、彼の兵器が生み出した地獄を、幾万倍にも希釈して追体験はしている。
だからこそ、この場において誰よりも深く、その罪深さと悍ましさを理解していた。
「お前……自分が何をしようとしているか理解しているのか?」
「無論だとも。神々がそれを望まれたのだ。故に私が、超越者としてここに居る」
「この世界を……滅ぼすつもりかッッ……!!!」
大きく跳び退がって距離を取ったテミスは、固く食いしばった歯の隙間から、湧き上がる怒りで震える声で問いを零す。
つまりこの男は、彼の世界であっても禁忌の兵器とされた戦術核兵器を、見下げ果てたくだらない思想の為にこの世界へと持ち込んだのだ。
「かつて、神は私に告げたのだ。『戦え』と。故に私は戦うために力を付け、神命を為すべく超越者となった!!」
「神……だって……? いったい、何を言っているんだ……?」
「耳を貸すなスイシュウ。所詮は頭のいかれた狂信者の戯言だ」
「そう! 私は選ばれし超越者なのだ! 不滅の身体に、世界をも容易く滅ぼしうる最強の兵器……!! 今ッ!! 私こそがこの世界の主ッ! 支配者ッ……!!」
「……私には、手の付けられない暴君のように思えますが」
「何という全能感……! 何という高揚ッ……!! なるほど確かに、私でなければ御しきれないであろう力だッ!!」
「あぁ……訂正しよう。頭のいかれた糞餓鬼だ。分別が無い分よほど質が悪いぞ」
声を震わせながら熱弁する『先生』を前に、テミス達はそれぞれに武器を構えたまま、三者三様に冷ややかな視線を向ける。
結局のところ、神の名をお題目と据えた所で、こいつがやろうとしている事はただの世界征服……否、世界破壊だ。
ならばその世界に住む者としては、如何に有難く神聖な神の思し召しであろうとも、ただ座して破壊という名の死を受け入れる訳にはいかない。
「何としてもこの場で殺し切るッ……!! 最早これは、ネルードの内戦でも、ロンヴァルディアとネルードの戦争でも無いぞッ!!」
「言うなれば世界の命運を賭けた戦いという訳ですか」
「……知らない間に、随分と重たいものを背負わされちゃったみたいだねぇ」
テミスの言葉にアイシュとスイシュウが応え、二人はそれぞれに覚悟の籠った瞳で剣を構える。
呪いの力を以て世界を破壊すると宣う『先生』は最早、テミスやアイシュたちだけの敵ではなく、この世界の敵へと変じていた。
サキュドたちを軽くあしらい、アイシュたちを伴ったテミスをも互角以上に渡り合う呪いの力を鑑みれば、戦力不足も甚だしい。
しかし、敵の有する攻撃手段の射程がこちらを遥かに上回っている異常は、今眼前に肉薄し得ているこの瞬間を除いて、討ち得る時は無いのだろう。
「あぁ……。漸く良い顔つきになった。絶望を味わい、噛み締めるんだ。それでこそ、超越者たる私が斃す最初の敵に相応しい」
「チィッ……!! アイシュ、スイシュウ! 私も攻勢に出るッ! 一斉にかかるぞ」
「わかりました。この一合で決めるとしましょう」
「不思議な気分だよ。君たちと肩を並べていると、何とかなりそうな気がしてくる」
ニタリと口に似せた割れ目を吊り上げて嗤う『先生』を前に、テミスは固く握り締めた大剣に力を込めると、裂帛の気迫を纏って静かに告げる。
そんなテミスの号令に、アイシュは不敵な微笑みを浮かべて、スイシュウはにっこりと穏やかな笑みを浮かべて応じたのだった。




