2274話 蝕みの呪言
全身の肌を尽く灼き尽くすような痛みに晒されながら、サキュドは必死で歯を食いしばって立ち上がらんと四肢に力を込めた。
しかし、炎の内へと放り込まれたに等しい痛みに感覚は狂い、地に辛うじて突き立てた紅槍に縋っても、立ち上がることは叶わなかった。
「ッ……!! グッ……クッ……ウウウゥゥゥゥッ!!!」
だがそれでも、サキュドが諦めて膝を付く事は無く、ギラリと目を剥いて唸りながら、自身の意思に従わない四肢へ力を籠め続ける。
アレはテミス様を一人で戦わせていい相手ではないッ!!
テミス様の一の臣下として、今立ち上がらずにいつ立ち上がるッ!!
サキュドは胸の内で叫び狂う忠誠心だけを糧に苦痛を捩じ伏せ、その身を蝕む呪いに抗い続けた。
「ァ……ぐっ……!! ハァ……ハァッ……!!」
けれど、何度足掻こうとも、テミスと共に戦うどころか、自らの力で立ち上がることすら叶わず、サキュドはべしゃりと地面に崩れ落ちる。
尤も、何度倒れ伏そうとも折れるサキュドではなく、再び全身に力を込めて気力を奮い立たせ、休むことなく立ち上がるべく足掻き始める。
「っ……!! そうだ!! アイツは……!?」
再び身を起こした刹那。
視界の端にびくびくと痙攣するシズクの足が映り、サキュドは一筋の希望を抱いて視線を彷徨わせる。
もしかしたら、自分達の居ないこの戦場をたった一人で駆けまわり、テミス肝入りの指名で部隊に加わったあの男ならば……と。
自分で力が及ばないのならば、可能性を持つ仲間に託す。
その考えは確かに正しく、合理的なものだった。
しかし一方で、自分ではない誰かを頼らんとした心の動きは、まごう事無き緩みそのもので。
「――カ」
「ッ……!!」
断固たる決意が僅かに揺らぎを見せた途端。
サキュドの脳裏に悍ましくも禍々しい歪んだ声が響き渡った。
最初は、まるで遠い水底から呼びかけているかのように微かな声。
けれど、一度耳にした途端、脳裏に響く声は急速に近付き、サキュドの思考を塗り潰していく。
「――スモノカ」
「ァ……!! ア……ぐッ……!!」
悍ましき何かに己の内側を侵されたという感覚。
次第に存在感を増していく声に、サキュドは怖気を覚えながらも必死で抗ってみせる。
だが、一度芽生えた恐怖が、悍ましさが、嫌悪感が消え去る事は無く、サキュドの思考は瞬く間に悍ましき声によって塗り潰されていく。
「許スモノカ」
「う……るさいっ……わねッ……!!」
「憎イ憎イ憎イ……何故オマエ達ダケ生キテイル」
「ッ……!! 何だってのよ……!! 一体ッ……!!」
それでも。
灼けるような痛みが増した身体を無理矢理に動かして、サキュドは吐き捨てるように言葉を零した。
先ほど見た限りでは、他の面々も戦えるような様子では無かった。
ならば自分がやるしかない。
奮い立たせた気力を以て痛みを捩じ伏せ、サキュドは再び自らの力で立ち上がるべく藻掻き続ける。
血走った瞳でサキュドが見上げた先では、『先生』と睨み合い、拮抗していたテミスが、ちょうど静かに大剣を構えた所だった。
「……根源たるお前を殺せば、その呪いも解けるのだろう?」
「私を殺すなど不可能である事には目を瞑ったとしても、残念だがそれは否だ。呪いとはヒトの意志エネルギーの集合体。私を倒した所で、既に私を離れた呪いが消える事は無い」
「だが少なくとも、お前が新たに呪いを振りまく事は無い」
「だが少なくとも、君の仲間はここで、呪いに塗り潰されて死に絶える」
「…………」
周囲の景色すら歪む程の気迫を纏いながら問いかけたテミスに、『先生』は変わらない穏やかな口調で答えを返した。
しかし、それでもテミスが構えた大剣を下す事は無く、口を噤んで静かに腰を落とした。
「あくまでも抗うか。残念だ。君なら良い駒になっただろうに」
「戯言を。死んでもお断りだ」
「それこそ戯言だ。君たちは死ねばそれまで。だから君は殺して駒としよう」
「ほざけッ!!」
悠然と悍ましい宣言を口にした『先生』が、歪な形の長剣をテミスに向けて構えを取る。
それに応じたテミスは、機先を制して前へと飛び出すと、猛然と大剣を振るって斬りかかった。
「こうして見ると、勝ち得ぬと理解して尚、立ち向かうその愚かしさを、悪足掻きと称した先人の知恵には恐れ入る」
「お前のような悍ましい化け物に恐れ入られては、先人たちも浮かばれんだろうッ!!」
ガギンッ! バギンッ! ゴィンッ!! と。
テミスは巧みに大剣を操って、猛然と四方八方から斬撃を加えるものの、その尽くを瞬く間に動く歪な長剣によって阻まれる。
しかし阻まれても、決してあきらめる事無く猛攻を続けるテミスに、『先生』はひび割れただけの口角を吊り上げて明らかな嘲笑を浮かべると、軽々と長剣を振るって斬撃ごとテミスを弾き飛ばす。
「クゥッ……!!!」
「君の減らず口ももう聞けないかと思うと、少し名残惜しいものだ」
体勢を崩したテミスに、『先生』は淡々と言葉を放ちながら前へ一歩歩み出て、歪な長剣を振り翳した。
だが、テミスは次の瞬間に襲い来るであろう斬撃に応ずる術は無く、歯噛みと共に振り翳された刃を見上げる事しかできなかった。
「それじゃ、サヨナラだ」
感情を感じさせない平坦な声で、『先生』がそう告げた瞬間。
姿勢を崩したテミスの頭上を通り過ぎた紅の槍が、ガキンッ! と甲高い音を立てて歪な形の長剣に衝突したのだった。




