2272話 超越者の託宣
ビリビリと肌を焦がす威圧感が場を支配し、誰もが身を硬直させている中で、真っ先に動いたのはテミスだった。
猛々しい雄叫びの声すら上げず、しかしギラリと見開いたその瞳は殺意に満ち満ちており、テミスは高々と振りかぶった大剣を手に前へと駆ける。
「ッ……!!」
全霊を込めて地を蹴り、十数歩ほど開いていた間合いを一気に詰めると、テミスは掲げた大剣を鋭く振るって『先生』へ斬撃を叩き込む。
だが眼前にまでテミスが肉薄して尚。
『先生』は悠然と佇んだまま動く事は無く、ただゆらりと掌を前へ掲げただけだった。
今更何をしようとも、もはや躱す事すら叶わない。
掲げられた掌の前から身体を捌いて逃がしながら、テミスは大剣を握る柄を固く握り締めた。
何も、この一撃で決着をつけようだなどと考えてはいない。
まずは一撃。一太刀。
ただその身に纏った威圧感だけで、一気に『先生』掌握されてしまった戦場の流れを帰るための一撃を、テミスは何よりも欲していた。
しかし……。
「ぐっ……!!?」
ガギィィィンッ!! と。
突如としてけたたましく打ち合わされた金属音が鳴り響き、大剣を振るったテミスの手に酷く重たい衝撃が駆け抜ける。
見れば、『先生』の掲げた掌には、いつの間にかアルベルダを貫いた物と同じ歪な形をした長剣が握られており、テミスの放った斬撃を一片の揺るぎも無く泰然と受け止めていた。
「チィッ……!!!」
だが初撃を防がれた程度でそう易々と退くテミスではなく。
忌々し気な舌打ちを零すと共に、テミスは弾かれた大剣を巧みに操ると、今度は肩口辺りを狙った袈裟懸け気味の一撃を見舞う。
しかし続けて放った第二撃も、緩やかな動きで動いた『先生』の長剣によって防がれ、甲高い鐘のような音が戦場の空気を揺らした。
「ッ……!! オォォォォォォッ!!!」
二撃をほぼ完全な形で防がれて尚、『先生』から反撃の気配を感じなかったテミスは、力強く地面を踏みしめて猛々しく吠えると、怒涛の猛攻を『先生』へと浴びせかける。
テミスの放つ神速の斬撃は、長剣で一撃を防いだとしても、即座に次の斬撃が襲い掛かってくる嵐のような猛攻だった。
その剣戟の音は激しさを極め、テミスが第一撃目で『先生』へと斬りかかった頃には我を取り戻し、紅槍を構えて機を窺っていたサキュドでさえも、斬り込む隙の無い連撃だった。
「見事な剣技だ。だが、私には通じないと理解できただろう?」
「ほざけッ!!」
嵐のような剣戟を縫って紡がれた『先生』の言葉を、テミスは荒々しく吐き捨てながら新たに横薙ぎの一撃を叩き込んだ。
だがその一撃も、ガギィィンッ!! と強烈な金属音を打ち鳴らしただけに終わり、歪な形をした『先生』の長剣は、渾身の力を込めて鍔迫り合いへと持ち込んで尚微動だにする事は無かった。
「無駄な事だ。どれ程迅い斬撃であっても、超越者たる私の目には緩やかに間延びした一閃に過ぎない。どれ程の力を込めようとも、超越者たる私にとっては児戯に等しい強さに過ぎない」
「超越者だ超越者だと喧しい奴だッ!! 優越を見せ付けているつもりか!? 劣等感に溢れているぞッ!!」
「ただの事実だ。私と君とでは、そもそも立っている次元……格が違うんだ」
「少しばかり守りが固いだけでよくぞそこまで宣えるものだッ!!」
大剣と歪な長剣がギシギシと軋む音を奏でる傍らで、『先生』が淡々と紡ぐ言葉にテミスは気迫の籠った怒号を以て応える。
しかし、渾身の力を込めて押し込もうとも、歪な形の長剣はまるで強固な壁に打ち込んでいるかの如く動く事は無く、テミスの頬に一筋の冷や汗が伝う。
「ハハ……少しばかり守りが固いか。では、試してみるとしようか」
「……ッ!!!」
静かな笑い声と共に、『先生』が僅かに歪な長剣を傾けた瞬間。
氷柱を背骨に差し込まれたかのような、途方もない殺気がテミスの背筋を駆け抜ける。
テミスが半ば反射的に大剣を払って、一歩跳び退がったのは最早、生物としての本能と言っても良い反応だった。
「光栄に思うと良い。超越者となった私の最初の一撃だ。けれど、だからこそ上手く加減をできる気がしなくてね。先に謝っておくよ。やり過ぎてしまったら済まない」
「クッ……!!!」
悠々と告げる『先生』に対し、テミスはぎしりと固く歯を食いしばって、心の奥底から湧き上がる根源的恐怖を捩じ伏せると、全力で力を大剣へと注ぎ込んだ。
魔力と闘気を用いて放つ月光斬ではなく、正真正銘の全力である、テミスの能力を用いて放つ月光斬でなければ凌ぎ切れない。
全身が粟立つような危機感に身を焦がしながら、テミスは己の直感に身をゆだねたのだ。
「準備は良いかな? そら、いくよ……」
「っ……!! ハァァァァァッッ!!!」
『先生』は穏やかな声で警告をしてから、ゆっくりと持ち上げた歪な長剣を振り下ろした。
その一撃を迎え撃ったテミスが月光斬を放った刹那、テミス達の視界は眩い光に包まれたのだった。




