2270話 選択の蛮勇
ウネウネと不気味に蠢いていた異形の肉片は次第に一つの球体と化し、ドグン、ドグンと脈動を始める。
そんな異形の姿を前に、テミス達は揃って武器を抜き放つと、最大級の警戒を以て相対した。
「ッ……!!」
刻一刻と時間が過ぎる中。
着実に積もっていく緊張感はチリチリととた気配すら帯びはじめ、テミスたちの表情を曇らせていく。
眼前に鎮座しているのは、如何なる特性を有しているかすらわからない異形の塊。
脈動するこの物体が動かぬうちに始末してしまうべきなのか。
それとも、今この物体に攻撃を仕掛けてはいけないのか。
あらゆる情報が欠如した中で、その場に集う全員の視線が一点、テミスへと集中する。
「…………」
とはいえ、テミスとて情報が欠如しているのは他の者達と同じで。
意を決して攻撃を仕掛けるべきなのか、若しくは現状を強固な防衛形態であると判断し、反撃を避けて機を待つのか。
どちらにしても、迷っている事ができる時間は長くない。
そう理解しているが故に、テミスには周囲の仲間達とは比べ物にならない重圧が襲い掛かり、一筋の冷や汗が音もなく頬を伝う。
「フゥ~ッ……!!」
酷く分の悪い賭けだ。
胸の内でそう独りごちりながら、テミスは深々と溜息を吐いた。
実の所、現状を打破する策は、既にテミスの内にはあった。
攻撃を仕掛けるべきか否か。判別がつかないというのならば、わざわざ総攻撃を仕掛けずとも、一人の決死兵が攻撃を仕掛けてみればいいだけの話。
尤もその場合でも、全周反撃を仕掛けてくる可能性も鑑みて、攻撃を仕掛けない者も即応警戒する必要はあるだろうが……。
「総員、即応待機」
密かに覚悟を固めたテミスは、静かな声で仲間達に命を下す。
やるのならば、一撃で仕留める。
そう胸の内で呟いたテミスが、先陣を切るべく脚に力を籠めかけた時だった。
「ざっ……けんじゃねぇぇッ!! こんな球コロ如きに尻込みしてられるかよォッ!!」
ビリビリと咆哮が張り詰めた空気を震わせ、戦斧を掲げたアルベルダが猛然と前へと飛び出した。
「……っ!! 待てッ!! 今攻撃を仕掛けては――」
「――うるせぇッ!!! どうなるかわからねぇってんなら、わかるようにすりゃあいいんだよッ!!!」
気迫に満ち満ちたその背に、テミスが制止の声を張り上げるが、アルベルダが耳を貸す事は無く、猛々しい雄叫びをあげて振り翳した戦斧を脈動する異形の塊へと振り下ろした。
「チィッ……!! 反撃に備えろッ!!!」
ガギィィィィンッ!! と。
アルベルダの戦斧と脈動する異形がぶつかる逢う音が響く中。
テミスは鋭く声をあげて全員に警戒を促した。
瞬間。
コジロウタが、ゆらりと流れるような動きでシズクの前へと歩み出る。
「…………」
「…………」
「…………」
最高潮まで高まった緊張感が場を満たし、誰もが固唾を飲んで異形の球体を見据えるが、永遠にすら感じるような数秒が過ぎても、反撃どころか何の変化も見られなかった。
「……ハハハッ!! そら見た事か! 斧でぶっ叩いた所で、なぁんにも起きねぇじゃねぇかっ!」
恐らくはその沈黙を安全と受け取ったのだろう。
異形の球体へ叩きつけた戦斧を引き上げたアルベルダが、からからと剛毅な笑い声をあげながらテミス達を振り返った時……。
ビギリッ!! と。
これまでただ脈動の音を響かせていただけだった異形の球体から、生木を力任せにへし折るような、明らかな異音が連続して響き渡る。
「逃げろォッ……!!!」
異形の球体の内側から、何かが這い出そうとしているッ!!
瞬時にそう直感したテミスが掠れ上ずった声で絶叫し、ビクリと身を竦ませたアルベルダが地を蹴った。
だが……。
「がっ……ぁっ……!!?」
地を蹴ったアルベルダの足が一歩目の地面を踏みしめる事は無く、代わりに苦悶の声が空気を揺らす。
その背は、歪な形をした巨大な長剣が刺し貫いており、腹を貫かれたアルベルダの顔が苦悶に歪む。
「勝手な真似をするからだッ!! この大馬鹿がッ!!!」
一拍の間の後。
怒りの咆哮をあげたテミスが駆けだすと同時に、アルベルダを刺し貫いていた長剣は異形の球体の内へと退き、支えを失ったアルベルダの身体がぐらりと前のめりに傾き始める。
「カハッ……!! ゴホッ……!! へ……へっ……! これで、情報……は……得られた……だろ……?」
地面へと倒れ伏さんとしていたアルベルダの身体が地に付く前に、駆け出したテミスが力強くその身体を抱き留めた。
すると、アルベルダの手の内から携えていた戦斧の柄が零れ落ち、戦斧が鈍い音を奏でて地面の上へと転がる。
しかし、息も絶え絶えな呼吸を繰り返しながら、アルベルダは手放した戦斧に視線すら走らせる事なく、弱々しく口角を吊り上げて誇らしげに言葉を紡いだ。
「……命令違反だ。馬鹿者が。ジール。退がってこの馬鹿の手当てをしろ」
そんなアルベルダに、テミスはしかめっ面で睨みを利かせたまま、脱力したアルベルダの身体を引き摺って退くと、絞り出すような言葉で命じたのだった。




