2268話 流星紅撃
明らかな挑発すら含んだ『先生』の宣言に、テミスは迷うことなく前へと踏み出し、一太刀を加えるべく構えた大剣を振りかぶる。
たとえ有効打は与えられなかったとしても、『先生』の意識を幾ばくかこちらへ集中させれば、後方で足止めされているシズクやコジロウタたちが、触腕を切り抜けてこちらの戦列に加わる事ができるかもしれない。
そんな淡い期待が少々と、ただ大剣を模しただけで勝ち誇る『先生』への意地が、テミスの身体を前へと衝き動かしたのだ。
「ハハハッ!! いじらしい、可愛らしいッ!! そらッ!! 受けられるかァッ!」
「ハッ……」
だが、テミスの間合いに入るよりも先に、『先生』は高笑いと共に巨大な大剣で宙を薙ぎ払う。
たいするてみすは、静かに微笑み尾を浮かべて振りかぶった大剣を緩やかに傾けると、轟然と放たれた薙ぎ払いの一撃を受け流してみせた。
「テミス様ッ……!!」
「問題無い。少しそこで見ていろ。次は私の番だ」
「ッ……! はいッ……!」
ジャリィィィィンッ!! と。
火花を散らしながらテミスが斬撃を受け流した瞬間、サキュドが我に返ったようにビクリと肩を跳ねさせ、テミスに続かんと前へ駆けだしかける。
しかし、テミスは肩越しにサキュドを振り返ると、クスリと不敵な微笑みを浮かべて命令を出した。
そこには、皆まで語られていないテミスの意図が含まれていたものの、阿吽の呼吸でサキュドはそれを理解して足を止め、決意の籠った瞳で頷きを返す。
「アハハハハッ!! 上手い上手いッ! だったらこれはどうだッ!!」
しかし続けて、巨大な大剣を振り抜いた『先生』の高笑いが響き、今度はテミスの頭上から唐竹の一撃を振り下ろした。
瞬間。
巨大な大剣が地面を抉り抜く音が響くと同時に、巻き上げられた土埃がテミスの姿を覆い隠す。
「…………」
「フゥッ!! 今更小細工は通じないねッ!!」
轟然と振り下ろされた一撃を受けながらも、身体ごと回転させて受け流したテミスは、巻き上がった土埃を好機とばかりに更に前へと足を進めた。
だが、『先生』は即座に舞い上がった土埃を吹き飛ばすと、吹き付ける嵐のような風がテミスの足を止めさせる。
「そろそろッ! そちらの『能』とやらを見せて貰えるかなぁッ!!? ただ必死に受け流しているだけにしか見えないぞぉっ?」
「やれやれ……虚栄心もここまで来ると哀れみすら覚えるな……」
巨大な大剣を再び振り上げながら、『先生』は眼下を駆け寄るテミスを高らかに嘲笑する。
しかし、剣の技量という面では、テミスは自身よりもはるかに巨きい剣から放たれる攻撃を凌いでいる時点で披露しており、むしろこれまで『先生』が放ってきた攻撃こそ、ただ力と巨体に任せて振り回しているだけのものだった。
もしも本来の剣戟のように、『先生』が剣技を以てテミスを斬るべく応じていたら、射程と膂力で大きく劣るテミスは太刀打ちすらできなかっただろう。
けれど、ただ力任せに巨大な大剣を振り回しているだけならば話は別だ。
如何に強烈な一撃であろうとも、テミスの力量であれば力を受け流して躱す事は不可能ではない。
「だが、ここまで挑発されて何もしないのは不愉快だな」
「やってみろよッ! そんな所から、何ができるんだッ!? その大剣でも投げてみるかッ!?」
次なる攻撃に備えて構えたテミスがそう嘯くと、苛立ちが滲み始めた咆哮と共に、再び『先生』の大剣が振り下ろされる。
その一撃は再び地面を抉って土煙を巻き起こしたが、今度のテミスは土煙に隠れる事は無く、振り下ろされた巨大な大剣に飛び乗って駆け上がり始めた。
「チッ!! チョコマカとッ!! 大きさが仇になったかッ!!」
「ハハハッ!! 遅いッ!! 前に戦ったデカブツは、もっと速く、もっと巨きかったぞッ!!」
巨大な大剣を駆け上がるテミスに、『先生』は舌打ち混じりの悪態をつくと、慌てたように振り下ろした大剣を持ち上げた。
だがその頃には既に、テミスは柄を駆け抜けて異形の巨人の手元に辿り着いており、一足飛びに腕を跳び上がって、肩の上へと飛び乗った。
「えぇいッ!! 鬱陶しいッ!!」
次の瞬間。
バヂィッ!! と振るわれた巨腕が、テミスが立っていた肩を叩き潰す。
しかし、テミスはこの一撃をスルリと首元に身を寄せる事で躱し、眼前に振り下ろされた巨きな掌に向けて、ギラリと鋭く輝く大剣を突き立てた。
「サキュドォッ!!」
掌を肩へと縫い留めた刹那。
テミスは高らかに咆哮をあげると、突き立てた大剣の柄に渾身の力を込めて握り締める。
そして……。
「ハアァァァァァァァァッッッッッ!!!!」
気合の籠った絶叫と共に、全身に纏った魔力で紅の流星と化したサキュドが鋭く地面から飛び上がると、空中で角度を変えて『先生』の頭上から紅槍の一撃を突き立てたのだった。




