2265話 二手の構え
高速で放たれる大弓の矢を右へ左へと鋭く躱しながら、サキュドとテミスはほぼ自由落下に近い速度で降下を始める。
途中数度。サキュドの速度を以てしても躱しきれない矢がテミス達を狙ったが、備えていたテミスが放った月光斬によって事なきを得、今やその距離は後一射を躱せば肉薄できるほどまで近付いていた。
しかし、距離が近づけば近づくほどに、既に番えられた矢を躱す事は難しく、サキュドは速度を維持したまま上空を飛び回りながら、敵の出方を窺うしか無かった。
「テミス様……ヤツはこちらの体力切れを狙う算段やもしれません」
「……厄介だな。流石にこの距離では、私もあの威力の矢を確実に凌げる自信はない」
上空に留まりながら、テミスは地上からの支援を期待してチラリと視線を向けるが、地上のコジロウタたちは今も地面を穿ち生えてくる無数の触腕と戦っており、援護を期待できる状況では無かった。
「一度距離を取りますか?」
「いや……それは最終手段だな」
目を細めて問うサキュドに、テミスは首を振って答えると、静かな瞳で看過で大弓を構える異形の巨人を見据える。
確かに、一度上昇して距離を取れば、再び矢を捌く事は出来るようになるかもしれない。
しかしそれは同時に、敵に矢を番える時間を与えることを意味している。
そして一度距離を取ってから再び突撃を敢行したとしても、距離を詰め切る事ができるタイミングで矢を放たせる事ができる可能性は限りなく低い。
「フム……サキュド。お前一人なら、一瞬で地上まで降りる事は出来るか?」
「っ……! ご冗談を! 降下したといってもまだこの高さです! 幾らテミス様でも助かりませんッ!!」
「ふふっ……私とて投身自殺するつもりはないさ。まあ聞け」
僅かに考え込んだテミスは、静かに一つ息を吐いてから穏やかな声でサキュドへ問いかけた。
だが、今テミス達が飛んでいる高さはだいたい建物の六階相当のもので。
サキュドの危惧する通り、如何にテミスが普通の人間よりも頑強であるとはいえ、この高さから地面に叩きつけられれば死は免れないだろう。
しかし、テミスには一つの策があり、自らを抱えるサキュドに耳を寄せて語り聞かせた。
「っ~~!!! わかりました。副官の身としては、テミス様の身を危険に晒す作戦は承服しかねるのですが……確かにこの場では、一番有効であるように思います」
「ククッ……!! ならば早速始めるとしようかッ!!」
テミスの策を聞いたサキュドは、渋面を作りながらもその有効性を認め、渋々といった様子で頷いてみせた。
その頼れる副官としてのサキュドの態度に、テミスはクスリと満足気な微笑みを浮かべてから、気合を込めて叫びをあげて大剣を大きく振りかざした。
「――っ!!」
高らかに叫びをあげたテミスの声に反応して、地上では大弓を構えた異形の巨人がピクリと僅かに肩を震わせる。
例えるのならば今は、互いの首に匕首を突き付け合っているような状況なのだ。
確実に放つ事が出来る一矢と、地上に届き得る月光斬。
だが、テミス達は着地の必要があり、異形の巨人はこれ以上の接近を許せば迎撃のために大弓を手放す隙が生ずる。
互いに持ち札が付きかけているが故に、先に動いた方が圧倒的な不利を背負い込む事になるのだ。
「ハハッ!!」
しかし、そのような状況下で尚。否。そのような状況下であるからこそ、テミスが先に動くのは必然でだった。
振り翳した大剣に力を注ぎ込みながら、テミスは皮肉気に釣り上げた唇から不敵な笑みを零す。
「行くぞサキュドッ!!」
「いつでもッ……!! どうぞッ!!」
「ッ……!! ハァァァッ!!!」
力を注ぎ込まれた大剣の刀身は白く輝きを帯び、月光斬を放つ準備が整うと、テミスは高らかに吠え声をあげた。
だがそれでも、眼下で立ちはだかる異形の巨人が動く事は無く、構えた矢の先をテミス達へ向けたまま静止している。
それもその筈。
先に動いた方が不利なこの局面において、相対する者にとってはテミスの行動は全て、敵から攻撃を誘い出すための罠に映る事だろう。
しかし、そのまま咆哮をあげたテミスは、眼下の異形の巨人へ向けて月光斬を撃ち放った。
「っ……!!」
ピクリッ……! と。
放たれた月光斬を前に、再び異形の巨人の肩が跳ねるが、まだ矢を放つには至らない。
この一撃は十中八九罠。戦術に長けた者であればあるほどに、このテミスの一撃はそう読むだろう。
だがそれこそがテミスの狙いで。
「ふっ……!!」
直後。
鋭く息を吐く音と共に、月光斬の後を追いかける形でサキュドが降下を始める。
瞬間。矢から身を隠すための遮蔽物が皆無である上空において、先んじて放った月光斬は唯一身を隠しうる盾と化す。
無論。このまま敵が何もすることなく月光斬を浴びればそれでよし。相殺するために矢を放ったとて、月光斬を盾として稼いだ距離があれば、十分に地上に着地できる。
唯一、この戦術に隙があったとすれば、先んじて放った月光斬を余裕を以て躱し、改めて効果を始めたテミス達を狙い撃つ事だったのだが。
罠を警戒して様子を見たが故に既にその手は叶わず、事がここに至り、漸く意図に気が付いた異形の巨人は、不気味な咆哮をあげながら大弓を撃ち放つ。
「オオオオォォォッ!!」
超然たる威力を有する大弓と相打つ月光斬。
しかし、斬撃が消え失せる頃には、再び剣を振りかざして落下するテミスが、着地の駄賃に一撃を加えるべく、矢を失った異形の巨人の間近にまで肉薄していたのだった。




