2264話 我が身を餌に
コジロウタがテミスの大剣の消失に気が付いた頃。
テミスは大剣を手に掲げ、はるか上空にまで飛び上がっていた。
その背には、苦し気に表情を歪めたサキュドが取りついており、必死に羽根を羽ばたかせている。
「全く……!! 幾らなんでも無茶が過ぎますッ!! 誰に相談するでもなく……御身を囮に使うだなんてッ!!」
「クス……すまんな。だが、やるしか無かったんだ。以前のように、今この場から奴に逃げられる訳にはいかなかった」
「だっ……とっ……してもっ……ですッ……!! 大剣まで手放されて……アタシが気付かなかったらッ……! どうされていたんですかッ!」
「ククッ……刺し違えずに済んだのはお前のお陰だ」
サキュドに抱えられてゆっくりと降下しながら、テミスは不敵な微笑みを浮かべて言葉を交わす。
『先生』を倒したあの瞬間から、テミスはいまだ決着がついていないことは理解していた。
だが、液状と化してこちらの攻撃を受け付けない以上、何とかして『先生』にもう一度戦う気になって貰う必要があった。
故に。テミスは自身の命を餌としてぶら下げ、時に勝利で気が緩んだように見せかけ、時に己の損耗を大袈裟に語って囮としたのだ。
けれど、『先生』の慎重さも大したもので。
テミスが己の武器である大剣の傍らにいる限り、いくら垂涎の隙を晒そうとも仕掛けては来なかった。
だからこそ最後の手段として、地面に突き立てた大剣から手を離し、腹心であるサキュドの肩に手を置いた訳だが。
「フゥム……そうだな。脚がどちらか犠牲になるとして……棘を全て刈り取る位しなければ割りには合わなかったかもしれん」
「そう簡単にッ……! 御身を犠牲にしないで下さい。ファントに帰還した時にマグヌスに小言を言われます」
「悪かった。だが、お前のお陰でこうして無事だったんだ。誰にもお前に文句など言わせやしないさ」
涼し気に微笑みを浮かべながら、テミスは唇を尖らせて不満を露にするサキュドに言葉を返した。
事実。攻撃が仕掛けられた瞬間からのサキュドの働きは、満点以上のものだった。
自身を狙った攻撃に、テミスはまず大剣を手の内に取り戻すべく、身体ごと投げ出すようにして飛び込んだ。
しかし、眼下に広がる棘の突出する範囲を鑑みれば、それだけではまず間違いなく無事では済まなかったはずだ。
大剣を求めて、宙に身を投げ出したテミスの意図を正しく理解し、見事救い出してみせた者こそこのサキュドで。
サキュドは飛び出したテミスの身体へ空中で飛びつく同時に加速、大剣を掠める形で上空へと舞い上がり、襲い来る全ての攻撃を躱したのだ。
「それで……? これからどうするんです?」
「無論。戦うさ。折角ここまで苦労して釣り上げたんだ。仕留めずに終わるなどあり得ん」
「お言葉ですが、奇襲は難しいかと。奴め、中々に勘が良いようですよ?」
「……そのようだな」
ふわふわと空中を漂いながら見下ろすサキュドとテミスの視界の中で、地面から生え伸びた無数の棘は一つの塊と化して形を変え、巨人のような姿となって上空を見上げていた。
「随分と図体が巨きくなったものだ」
「五体が一つにまとまったにしては、随分と小さ――ッ!?」
上空のテミス達が悠々と言葉を交わしていると突如、地上から凄まじい速度で飛来した何かが二人の傍らを突き抜けていく。
その狙いは途方もなく正確で。もしも、サキュドが咄嗟に回避行動を取っていなければ今頃、二人仲良く串刺しになっていただろう。
上空の二人を穿たんと放たれた物の答えは言わずもがな、眼下にありありと鎮座していて。
そこでは、上空へ向けて大弓を構えた異形の巨人が、ちょうど自身の身体から杭の如く大きな矢を作り出した所だった。
「……テミス様。意見具申をさせていただきたく」
「却下だ」
「では、ご命令を。奴め、アタシたちを地上に降ろす気は無さそうですよ?」
さらに続けて放たれた巨大な矢をヒラリと躱して、サキュドは溜息まじりの声でテミスに問いかける。
テミスの狙い通りに『先生』と思しき異形は再び姿を現したものの、姿を晒している現状のままでは、格好の的でしかない。
「そうだな……幸運なことに、優秀な副官のお陰で大剣は無事に回収できた」
「代わりにアタシの両腕は塞がっていますが……?」
「問題無い。このまま降下して攻撃を仕掛けるッ!! 迎撃と反撃は私が受けもとう。その代わり、回避は任せるぞッ!」
満足気に口を開いたテミスに対して、サキュドは何処か諦めたような雰囲気を漂わせながら問いの言葉を重ねる。
しかし、その問いに返されたのは、酷く単純で愉し気な答えで。
その答えを体現するかの如く、言葉と同時にテミスが振るった大剣から放たれた月光斬が、正確に放たれた二の矢を叩き落とした。
「相変わらずの無茶をッ!! ですが……くふふっ! テミス様ならきっとそう仰ると思っていましたッ!!!」
そんなテミスの無茶な命令に、サキュドは何故か酷く弾んだ声を返した後、テミスを抱えたまま放たれた三の矢を高速で躱すと、高らかに笑い声をあげたのだった。




