2261話 大義とセイギ
「……何なんだよ。何なんだよお前はァァァッ!!!」
ゆらゆらと俯き加減のまま歩を進めるテミスに、『先生』は叫びをあげながら大剣を携えた腕を伸ばして、刺突を叩き込んだ。
しかし、自然な動きでゆらりと腕をあげたテミスは、引き摺っていた大剣を盾のように構え、放たれた刺突を軽々と防いでみせる。
「…………」
だが、辛うじて立ち上がりこそしたものの、テミスがその身に受けたダメージは深刻だった。
たった今凌いで見せた刺突も、咄嗟に切っ先を地面に突き立てて防いだだけで、己の膂力のみで凌いだ訳では無い。
『先生』の膂力はテミスよりも強靭で、そのうえ身体を自在に変化させる事ができる。
唯一テミスが勝っている事と言えば、付け焼き刃なりにも鍛練した剣技のみで。
膂力と能力で力圧しをする『先生』と、辛うじて身に着けた技で凌ぐ自分。
テミスは自身の置かれた状況に、クスリと皮肉気な微笑みを浮かべると、重たい身体を無理矢理動かして大剣を構えた。
「……っ!! ハッタリだ。マトモに動けるわけがないッ!!」
「だったら、試してみろ」
「……ッ!! 言われなくてもやってやるッ!! 食らって死に晒せッ!!」
言い知れぬ気迫を纏ったテミスに、『先生』は気圧されて一歩退くと、揺らいだ己の心を鼓舞するかの如く、目を剥いて吠え猛る。
しかし、その言葉に対するテミスの言葉は酷く簡潔で。
皮肉気に挑発するでもなく、ただ淡々と放たれた答えに先生は模っていた表情をぐにゃりと歪めると、腕を伸ばした高々と振りかざした大剣を以て斬撃を放つ。
「…………」
だが、ギャリィィィンッ……!! と。
地を割るほどの威力で放たれたはずの斬撃は、ただ軽く翳されただけのテミスの大剣によって阻まれ、受け流されて地面を切り裂いた。
「どうした? これで終わりか?」
「クッ……ガァァァッ!!」
一撃を凌いだテミスは、ゆらゆらと覚束ない足取りで前へと進みながら、真っ直ぐに『先生』を見据えて言葉を放つ。
その問いに答えるかの如く、荒々しい咆哮をあげた『先生』は伸びきった腕をぐにゃりと大きく振りかざして、今度は横薙ぎの一撃をテミスへ叩き付ける。
しかしその一撃も、僅かに大剣を傾けて受けたテミスの大剣によっていなされ、異形の腕に握られた大剣が、僅かに角度を変えて振り抜かれた。
「こ……この……化け物めッ!! そんな怪我でなんで歩けるんだッ!! 何でまだ戦えるんだよォッ!!」
「クク……わからないか? あぁ……わからないだろうな。お前には」
叫びをあげながらがむしゃらに放たれる斬撃を、淡々と受け流しながら進んだテミスは、不敵な微笑みを浮かべて『先生』を睨み付け、静かに口を開く。
「これが意志の力という奴だ。これだけ近付いてやればわかるだろう? 私の、絶対にお前を殺すという意志が」
既に二人の間にある距離は、大きく踏み込めば大剣の斬撃が届くほどにまで近付いていた。
それでも尚、テミスは緩やかに大剣を携えたまま攻撃の構えを取ることはせず、真っ直ぐに『先生』を気迫の籠った瞳で睨み付けていた。
「ぐっ……ッ……!!」
「私はお前を、ヒトとして殺す。お前のようなヒトの世を害する化け物を生かしておくわけにはいかん」
淡々とした声で告げながら、テミスは静かに大剣を構え、その切っ先を『先生』へと向ける。
だが、言葉を紡いだ唇は皮肉気に歪められていた。
――これではまるで、見ず知らずの他人の為に戦うフリーディアのようではないか。
否。断じて否だ。
真っ直ぐに眼前の異形を見据えながら、テミスは胸の内でひとりごちる。
こいつをこのまま生かしておけばロンヴァルディアは蹂躙され、やがてファントにも災禍が降りかかるだろう。
そうなれば、苦労に苦労を重ねて築いた平穏は、容易く破壊されてしまう。
加えて何よりも、非道な実験を繰り返して己が力へと変えているこの悍ましき化け物は、決して許されるべきではない悪党だ。
そう。ただ今回は偶然に、テミスの目的とヒトの大義が重なったに過ぎない。
「ヒトを舐めるなよ? なぁ……化け物」
皮肉気に頬を歪めたテミスば、大剣を構えて眼前の『先生』へと言い放った。
その言葉は、ただ大義の為に戦う事を良しとしなかったテミスのせめてもの抵抗であり、自身の身体を化け物と化してまで戦いを続けんとした『先生』への皮肉でもあった。
「黙れッ! 黙れ黙れ黙れェッ!!」
そんなテミスの皮肉に、『先生』は怒りの籠った咆哮をあげて、力任せのの斬撃を叩き込む。
しかし、テミスはゆらりと流れるような身体捌きで放たれた斬撃を躱して『先生』の懐へと入り込み、逆袈裟に斬り上げた斬撃を以て『先生』の身体を真っ二つに斬り裂いたのだった。




