214話 暁の邂逅
「気に食わん……実に気に食わん」
翌朝。
透き通る朝日を背負ったテミスは忌々しげに呟くと、眼前に立ち並ぶ白翼騎士団を睨み付けた。
その先頭には、どこか得意気な笑みを浮かべたフリーディアが、テミスの視線を軽く受け流していた。
「気分はどうかしら? テミス。こうして誘い出された感想は?」
「なっ――! まさかっ……」
高圧的な笑みを浮かべたフリーディアが高らかにそう告げると、傍らのマグヌスが身を固くして剣に手をかける。
「――待て。良く見ろ……連中の後ろだ」
「っ……!」
瞬間。テミスは小声でマグヌスを止めると、騎士団の後ろを顎で指し示す。
そこには、見慣れぬ武装に身を包んだ人間が数名。ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべてこちらを眺めていた。
「どうやら連中、存外に頭が回るらしい。小狡さだけは一丁前だな」
「……全くですね」
テミスの意図を察したマグヌスは悋気を収めると、喉を鳴らして小さく頷いた。
おおかた、あの見慣れない連中は、フリーディアが言う所の軍部の連中なのだろう。ルギウスの誅殺に失敗した現状……フリーディアの性格を知る奴等が次善の手を打ってきた……と言う訳だ。
「なるほど……確かに、身内以外の連中が混じっている手前、はいそうですかと引き渡す訳にも行くまい」
テミスは黙って薄い笑みを浮かべると、大剣に手をかけて思考を巡らせる。
今、この前線にルギウス達の姿は無い。順当に考えるのならば、既に捕われたと見るべきだろうが、あの反吐が出る程に清廉潔白なフリーディアが、下種な策で掠め取った利益を用いるとは考えずらい。
「んっ……? なるほど……なるほど。そういう事か」
思考を巡らせながら相対する『敵』を観察していたテミスは、小さな違和感を一つ見つけるとニヤリと唇を大きく歪める。
連携で戦う白翼騎士団にしては珍しい陣形だとは思ったが……この、まるで整列するように横一列に並んだ陣形こそ、フリーディアからのメッセージだったのだ。
「鶴翼! 展開せよ! 連中、一対一での戦いがお望みらしい」
「むっ……? そうかっ!」
その姿無き暗号を受け取ったテミスは、即座に旗下の軍団に指令を下す。
瞬間。マグヌスは何かを察知したかのようにピクリと肩を揺らすと、何度も頷いて理解を示す。
テミス達の眼前。白翼騎士団の全員が見える筈の陣形の中には、ミュルクとカルヴァス……フリーディアの腹心の姿が見当たらなかったのだ。
「中々の機転じゃないか。見直したぞフリーディア」
テミスは愉しそうにそう呟くと、大剣を引き抜いて大仰に構える。そして、胸いっぱいに空気を吸い込むと、その白銀の髪を朝日に舞い踊らせながら、嘲る様に声を張り上げる。
「奴等に教えてやれ! 我等の強さを! 思い上がった連中に、数を揃え、策を弄さねば勝てぬという現実を、骨の髄まで叩き込んでやるぞっ!」
「オォッ!!」
同時に、テミスは軍団の全員に向けて通信魔術を発動させる。
言葉を喋りながら脳味噌で別の文言を紡ぐのは、ぶっつけで挑むには少々骨が折れる技術だったが、何とかその意図だけを部下たちに発信する。
「総員。遅滞戦闘だ。白翼は決して傷付けず、こちらも決して傷付くな。派手に立ち回って時間を稼げ」
「っ――!?」
表情を歪めながら二重言語を完遂させたテミスに対して、部下たちは困惑のまなざしを向ける。
しかし、各々が上書きされた命令にコクリと頷くと、それを確認したテミスが咆哮を上げる。
「我に続け! 蹂躙するぞッ!」
「――来るわよッ!」
瞬間。猛りを上げてぶつかり合った両軍は、派手な戦闘音を響かせたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
遡る事5時間ほど。
フリーディアの誤算は、夜明け前に訪れていた。
「王宮騎士団第1分隊隊長。エルドラ・グレンと申します」
「……白翼騎士団騎士団長。フリーディア・ローエンシュタエンよ」
「フリーディア様。お噂はかねがね。お会いできて光栄であります」
フリーディア達のような甲冑ではなく、小奇麗に整えられた軍服に身を包んだ男が名乗りを上げ、それに応じたフリーディアの足元に跪く。
しかし、フリーディアは浮かべた笑顔の裏で、必死に打開策を模索していた。
「それで……? 王宮直属の部隊であるあなた達が、こんな所まで何の用なのかしら?」
少しでも時間を稼ぐべく、フリーディアはわかり切った質問をエルドラへと投げかける。
彼等の目的は十中八九、白翼騎士団が攫ったルギウス達の身柄だろう。前線の兵達の気は反らす事に成功したようだが、まさか王宮騎士団が出張ってくるのは予想外だった。
「捕らえた魔族の身柄を引き受けよとの命です。連中を罠に嵌めた今、白翼騎士団ほどの手練れを前線から離すべきではないと判断したのでしょう」
「っ……それは……できないわ……」
「……? 何故?」
臍を噛んだフリーディアの言葉に、エルドラは不思議そうに首を傾げて問いかける。
「っ……それは……」
だが、咄嗟に飛び出たこの言葉を補完する程、今のフリーディアには辻褄の合う理由が思い浮かばなかった。
「何か問題があったので? でしたら、我等もお使いください」
「いえ……問題は……無いのだけれど……」
エルドラの真っ直ぐな言葉に、フリーディアは追い詰められるかのように言葉を濁した。いっその事、彼等は和平を結ぶ相手の筈、正体不明の襲撃から保護をしただけで、捕虜ではない……。と開き直ってやろうかという思いが、フリーディアの頭をよぎった瞬間。
「それがですね……。一つ、策がありまして」
「策……ですか?」
それまで沈黙を守っていたカルヴァスが進み出ると、意味深な笑みと共に語り始める。
「ええ。我々が仕入れた情報によると、このルギウスという軍団長はファントを治める軍団長……テミスと懇意にしているらしいのです。先のラズールの戦いでは、いの一番に援軍に駆け付けた所を見ても間違い無いでしょう」
「ははぁ……なるほど。読めてきましたぞ? さては、ルギウスを餌にファントも墜とす算段と言う事で?」
カルヴァスが言葉を切って人の悪い笑みを浮かべると、それに釣られるかのように笑みを深めたエルドラが顔を寄せる。
「ええ。恐らく明日にでも急造の部隊で奪還に来る筈……この機を逃す手はありますまい。我々が一度に二人もの軍団長を落としたとあらば、その功績は計り知れません」
「ははは……なるほどなるほど……。確かに、我等が力を合わせて成し遂げたとあらば、陛下もきっとお喜びになりますな」
眉根を寄せたフリーディアの前で、カルヴァスとエルドラはニンマリと笑みを浮かべると、どちらからともなく手を差し伸べて握手を交わす。
「ではフリーディア様。予定通り、私とミュルクで連中を既定の場所まで連行します」
「っ――!! え……えぇ。判ったわ。予定通りに行きましょう」
カルヴァスが妙に力を込めて強調した言葉で、フリーディアは意図を察知して慌てて頷いた。
咄嗟の策ではあるけれど、これならば誰も犠牲にならずに済むはずだ。強いて言うのならば、テミスにこちらの状況を察知させる事ができなければ本格的な戦闘に発展してしまう危険があることだろうか。
「では、失礼します! 王宮騎士団の皆さんは、我々と共に迎撃を。遊撃部隊として、後ろから状況を見て判断していただければ……と」
「フフ……わかりましたよ。そういうお話であれば、協力しない訳にはいきますまい」
カルヴァスはエルドラと再び意味深な笑みを交わすと、二人に敬礼をして背を向ける。
あとは、状況を察したテミスが上手くやるだろう。
そう、内心で決着をつけると、カルヴァスは二人から背けた顔に、溶けひしゃげた蝋燭の様な壮絶な笑みを浮かべながら、自らの役目を果たすべくルギウス達の元へと向かうのだった。
2020/11/23 誤字修正しました




