2259話 剣風乱戦
アマネコの暗器によって傷を負った異形の騎士は、グラリと大きく姿勢を崩したものの、倒れ伏す事は無かった。
しかし、傷付いた腕からはまるで血でも滴っているかの如く、黒い靄のようなものが溢れ出ており、アマネコの攻撃が有効打であったことを物語っている。
そこへ更に、コルカの放った火球が異形の騎士の頭部に直撃し、その威力に異形の騎士は大きく状態をのけ反らせて倒れ伏した。
「見ての通りだッ!! 俺達ならやれるッ! こっちは任せておけッ!!」
「ッ……!!」
戦斧を携えた異形の騎士が倒れ伏した隙に、ジールたちはコルカを守るように手際よく陣形を整えると、猛々しい声でテミスに向けて叫びをあげる。
だがその頃テミスは、大剣を振り回す『先生』との剣戟を交わしている真っ最中で、ジールの言葉に応える暇もなく、振り下ろされた強烈な斬撃を受け止めた。
「ハハッ! お仲間がなんか言ってるぜ? ホラ、答えてやれよッ! なぁッ!?」
「チィッ!! 鬱陶しいッ!!」
「甘ァいッ……!!」
「ぐぁッ……!?」
ガギンバギンッ! と。
おおよそ剣戟の音とはかけ離れた、鈍重で激しい衝突音を響かせながら、テミスは辛うじて先生の繰り出す猛攻を捌いていた。
しかし、腕を伸ばして自在に間合いを変え、斬り返した斬撃を腕から生やした触腕で受け止めるなど、『先生』のヒトとは異なる身体捌きはじわじわとテミスを追い詰めていく。
そして遂に、テミスが怒りに任せて『先生』の大剣を弾きあげると、かちあげられた大剣と共にぐにょりと腕が大きく伸び、天頂から放たれた鋭い刺突がテミスの身体を捉えた。
「グッ……ゥッ……!!」
「ヒハハハハッ!! 痛てぇかッ!? 痛いよなぁッ!! 何とか言ってみろよッ!!」
「ッ!! おめでたい奴だ。脇腹を掠めた程度で何を喜んでいる? これは試合ではないのだ。一本などという生易しいルールは……無いッ!!」
「ウギャアアアアアァァァァッ!! 俺のッ!! 腕がァァァッ!!」
宙を舞ったのは球のような鮮血。
だが、脇腹を貫かれて尚テミスが怯む事は無く、返す刀で大剣を振り上げると、不気味に伸び切った『先生』の腕を断ち切った。
テミスの手に伝わったのは、ミチミチと固く粘り強いゴムを断ち切ったかのような感覚。
おおよそヒトからはかけ離れた悍ましい感触に、テミスは顔を顰めながらも、脇腹から流れ出る血を押さえて大剣を構え直す。
「相変わらず聞き苦しい悲鳴だ」
「あがっ……! はがっ……!! い……痛だぃぃっ……!!」
「…………」
断ち切られた腕を押さえた『先生』は、みっともない大声をあげながら、ドタドタとのた打ち回る。
しかし、テミスには欠片ほどの油断も無く、武器を失った先生をこのまま確実に仕留めるために、月光斬を放つべく大剣に力を込めながら、片腕で高々と振り上げた。
「終わりだ」
どうせこのしぶとい男の事だ、まだ何かしら奥の手を隠しているのだろうが、仮にこの一撃で幕を引く事となったとしても、テミスは言葉一つかける気すら起きなかった。
こういった類の連中は、憎しみや怒りをぶつけた所で意味はない。とはいえ、優しさや哀れみをかけた所で増長するばかりで、ただ黙殺するのが一番なのだ。
「ハハハッ!! なぁんてなッ!! 今更、腕の一本や二本斬られた所でどうにかなるかよッ!!」
粛々とした態度でテミスが月光斬を放つと、『先生』は高らかに酷く耳障りな笑い声を発し、ぐじゅりと切断された腕を盾のように変化させて、飛来する月光算を弾き飛ばした。
同時に、ぼこりと『先生』の断つ地面の足元が盛り上がったかと思うと、地中から鋭い杭のような触腕が三本、テミスを串刺しにすべく突き放たれる。
しかし、その頃には既にテミスは一歩退いて触腕の射程外に退避しており、空を裂いた触腕が捕らえたのは、両断された『先生』自身の腕の切れ端と、携えていた大剣だけだった。
「やれやれ。面倒な奴に面倒なしぶとさが備わったものだ」
触腕を躱したテミスは、クルリと宙がえり気味に身を翻して体勢を整えると、ウネウネと地面から突き出た触腕の一本を斬って捨てる。
一合『先生』と剣を交えたテミスは、表面上こそ余裕な態度を崩さなかったものの、内心では密かに戦慄を覚えていた。
他の異形の兵士達は元より、強力な個体である異形の騎士すら遥かに凌駕するその膂力は、魔族のそれに匹敵するテミスの力をも越えていたのだ。
そのうえ、伸縮する腕から放たれる常識の通用しない『先生』の剣筋は読み辛く、戦いが長引けば長引くほどテミスが不利に陥るのは明白だった。
「ハハッ!! 今、避けたと思っただろ? 違うね。避けさせてやったんだ」
「…………」
「本命はむしろこっちだ。ハハッ……すんなり返してくれて感謝してやる」
正しくそれを理解しているが故に、テミスは油断なく大剣を構え直したものの……。
そんなテミスに、ニタリと歪んだ笑みを浮かべた『先生』は、自ら貫いた腕と剣を触腕の内に呑み込むと、ボコボコと腕を悍ましく変形させ、取り落としたはずの大剣を再び振り翳してみせたのだった。




