2257話 因縁の戦場
異形の兵達の戦列を抜けたテミスは、荒い呼吸を繰り返しながら一直線に前へと駆ける。
狙いは敵の首魁である『先生』。
だが、『先生』がこのネルードのどこに陣取っているかをテミスは知らない。
しかし予感はあった。
妄執と狂気に駆られて尚、溢れ滲む虚栄心。
醜く変わり果てていたとしてもそれは、きっと意地と言い換える事ができる類の物なのだろう。
故に……。
「ハッ……! ハッ……!! ハァッ……!!」
いまだ激しい戦いの後が色濃く残る、研究所の建物の前に辿り着くと、テミスは駆ける足を止めて正面を睨み付けた。
この場は、先の戦いでテミスが『先生』を討った場所。
それは『先生』にとって、おそらく拭い難い敗北の記憶であり、誇りが高い彼が雪辱を果たさんとするのならば、絶好とも言える因縁の場所だ。
「…………」
完全に立ち止まったテミスは、油断なく抜き放った大剣を携えたまま、静かに周囲を見渡した。
そこかしこにうず高く積み上がった瓦礫に、深々と地面に穿たれた月光斬の痕。
あれほどの兵を差し向けたにもかかわらず、この場所だけは不自然に静まり返っている。
人っ子一人の気配すら感じられない静謐。遠くから響く剣戟の音と怒号だけが、静まり返った世界を揺らしていた。
「フム……」
相対した時の『先生』の性格と、敵の陣形から本陣はここだと睨んでいたが……これは外れか?
こうしている今も、アイシュたち反抗部隊の面々は、異形の兵士達との死闘を繰り広げている。
あの戦列の中にも、そこそこに強い奴が居た。もしもここが敵の本陣でないのならば、ひとまず後続との合流を果たしてあの戦列を片付けた後、敵の中枢を捜索しなければならない。
一通り周囲を見渡し終えたテミスが僅かに気を緩め、背後から追い付いてくるサキュドたちの方へと視線を向けた時だった。
「――ッ!!!!」
テミスの鋭敏な感覚が、静謐な空気を切り裂いて飛来する何かの音を聞き取り、半ば反射的に即応したテミスが身を翻す。
刹那。
ズドドドドッ!! と。鈍い音を奏でて、杭の如く太く巨大な矢が数本、つい先ほどまでテミスが立っていた場所に連続して突き立った。
「……ちぇっ! 完全に不意を突いたと思ったんだけどなぁ……。これも避けるのかよ」
回避行動の後。テミスが大剣を構えて再び身を翻すと、耳障りな『先生』の声が静謐な空気を揺らす。
同時に、正面に鎮座する研究所の建物の中から、大弓を携えた四体の異形の兵を従えた『先生』が、ゆらりと姿を現した。
「すまぬっ……! 遅くなった! 存外露払いに手こずってな」
「テミス様ッ!! ご無事ですかッ!!」
「あれはッ……!!」
「ッ……!!」
一方でテミスの後方からは、コジロウタとサキュドにシズク、そしてコルカに帯同するジールたちが追い付いてきて、異形を率いる『先生』と対峙する。
「おいおいおいッ……!! なんだよ……アイツ等ッ……!! 洒落にならねぇ……他の連中とは桁違いじゃねぇかッ……!!」
「恐らく、あれが敵の主力なのでしょう。……まずいですね、やはりアイシュ殿にもこちらに来てもらうべきでした」
「今更……逃がしては貰えそうにない」
ビリビリと張り詰めた緊張感に、はじめて『先生』と対峙したアルベルダたちは言葉を漏らすと、揃って身を固くした。
だがただ一人、彼等を率いるジールだけは素早く周囲へ視線を走らせた後、ゆらりと一歩傍らへと展開して武器を構える。
「ハァ~……ゾロゾロと面倒臭いなぁ……。おい、お前等。そこの銀髪をつかまえてこっちに寄越せよ。そしたらお前達は見逃してやるからさ」
「くふふっ……! どうやら、見るに堪えないのは見てくれだけでは無いようね?」
「戯言だな。二度も謀られる気は無い」
「相変わらず、癇に障る物言いですっ!」
静かに一人前へと歩み出た先生は、ウネウネと頭部にあたる部分を変形させながら、耳障りな声でテミスの背後の仲間達へ語り掛けた。
しかし、即答を返したサキュドを筆頭に、『先生』の甘言を聞き入れる者は居らず、口々に取り付く島もない答えを返す。
「っ……!!」
「馬鹿な真似は考えるなよ」
「従った所で、到底約束を守る質には見えませんね」
「やらなきゃ……やられる……それだけ」
「チッ……!! わ~てるよ。ここまで来ちまったんだ。腹ァ括るぜ……!!」
その傍らでは、既にブツブツと呪文を唱えているコルカに横目で睨まれながら、戦斧を構えたアルベルダが、ジールたちに釘を刺されていた。
とはいえ、アルベルダも賞金稼ぎで身を立てた猛者。そう易々と薄っぺらな嘘に騙される事は無く、溜息まじりに言葉を返しながら、ガシャリと音を鳴らして戦斧を構え直す。
「馬鹿共がッ……!! 素直に従っておけば良いものを……!! だったらせいぜい、惨たらしく死んでいけよッ!!」
相対するテミス達の答えに、『先生』は苛立ちを隠す事無く吐き捨てると、地面を強く蹴りつけながら咆哮をあげた。
そんな『先生』の号令に従うかのように、付き従っていた異形の兵達は一斉に大弓を投げ捨て、それぞれの武器を抜き放ったのだった。




