2254話 思惑の狭間で
ズズンッ!! と。
テミスが続けざまに放った三発の月光斬により、正門とその左右に聳えていた砲門が崩れ落ちる。
どうやら他の異形の兵とは異なり、この門自体には再生能力は無いらしく、切り裂かれた門は塵となって消え始めていた。
「っ……!! 正門は破ったぞッ!! 総員ッ!! 我に続けッ!!」
すかさずテミスは時の声を張り上げ、振り抜いた大剣を背中に収めると、凛と背筋を伸ばして先頭を歩き始めた。
その甲斐もあってか、後に続く兵士たちは動揺こそしているものの、正気を失って恐慌に陥る者は居らず、部隊は進軍を続ける。
「何だいありゃ……あれだけ強いってのに見殺しかい。嫌な感じだね」
「あれが見殺しに見えたのなら、短慮も良い所ですね。貴女がそれで死ぬのは構いませんが、こちらまで巻き込まないで下さいよ? 前みたいに」
「何だぁ? 言うじゃねぇかレイシルド。ビビッて目も合わせようとしなかったくせにさぁ?」
「それが短慮だと言っているんです。貴女に絡まれるのは面倒なのでね、意図して避けていただけですよ」
「それがビビってるって言ってんだろ? なぁ、ジールのおっさん。アンタの事だ、フける頃合い見てんだろうが、ありゃあちっと面倒だ。なんなら、隙の一つでも作ってやろうか?」
意気揚々と進むテミス達の姿を眺めながら、後ろに続くアルバルダはチラリと脚だけの死体と変わった兵士に目を向けて嘯いてみせた。
元々は賞金稼ぎである彼女達からしてみれば、雇い主から死兵として切り捨てられる事など茶飯事である為、生き延びるための当然の警戒だった。
しかし、アルベルダのなによりの不幸は、彼女自身が負った怪我のせいで、テミス達の実力を見る事ができていないことだろう。
その証拠に、アルベルダが軽々しく口にした叛意に反応して、傍らを歩くシズクが自然な動きで携えた刀の鯉口を斬り、更にその前を歩くサキュドの魔力が一気に膨れ上がる。
「勘弁してくれ。俺がきちんと言って聞かせる」
「あん? 止せよ。見ただろ? ハナシの通じるような相手じゃねぇ」
「……呆れた馬鹿」
「全くです。本当に巻き込まないで下さいよ」
サキュドとシズクの動きを察知したジールは、頬に止めどない冷や汗を垂らしながら、静かな声で弁明をした。
だが、ジールの眼前に居るのはアルベルダで。
言葉の真意を理解していないアルベルダは、肩を竦めて皮肉気な笑い声を浮かべると、顎で前方を進むテミスを示して言葉を続けた。
無論。その傍らを歩く二人の目にも、アルベルダの言動はただの自殺にしか映っておらず、ボソリと零されたアマネコの辛らつな言葉に同意したレイシルドが、静かにアルベルダから距離を取る。
「んだよお前達まで! わっかんねぇ奴等だなぁ……!! だったら――」
「――止さんか馬鹿者がッ!! わかってねぇのはお前だッ! 今すぐ手を離してその馬鹿を垂れ流す口を閉じろッ!! これ以上は庇い続けられんぞッ!!」
煮え切らない仲間達の態度に業を煮やしたのか、アルベルダは背中に担いだ戦斧へと手を伸ばした。
だが、アルベルダの手が戦斧の柄を掴むと同時に、目を剥いたジールが手首を掴んで留め、激しい口調で叱責する。
同時に少しだけ距離を取っていた二人は、露骨にアルベルダから距離を放し、逃げるように歩む速度を速めた。
しかし……。
「一度の敗北で理解できないようでしたら、この場で斬りましょうか?」
「――っ!!」
瞬く間に抜き放たれたシズクの刀が、ひたりとアルベルダの首筋にあてがわれ、冷ややかな問いがジールへと向けられる。
「くっ……!! さすがは獣人族だ。不意打ちしかできない卑怯者だね」
「おいッ!!」
「いいぜ? やれば良いさ。正々堂々の戦いもできない臆病な――がッ!?」
それでも、アルベルダが退く事は無く、皮肉気に頬を歪めてシズクをせせら笑うと、むしろ挑発するように言葉を吐いた。
無論。間に立つジールとしては堪ったものではなく、怒りと焦りに表情を歪めて怒声をあげる。
だが、それでも止まる事を知らないアルベルダが、更に皮肉の言葉を並べ立てようとした瞬間。
「……いい加減、騒々しいわ? 行軍中の私語は万死に値する。これ以上騒ぎ立てるようなら、いっそこのまま刺し殺してあげるけど?」
剣呑な迫力を帯びたサキュドの声と共に、突如迸った紅の光がアルベルダの口へ押し込まれ、言葉半ばで強制的にその口を封じた。
一瞬の間を置いてから、アルベルダの口に押し込まれた紅の光は槍の形を成し、純然たる殺意を以てアルベルダを委縮させる。
「……悪かった。もう喋らせねぇから勘弁してくれ。コイツは馬鹿だが使い道はある。アルベルダお前もだ。これでわかっただろう? ここじゃ死にたくなけりゃ、あの御仁たちにゃ逆らわねぇことだ」
「っ……! っ……!!」
「お前達もだぜ? お門違いの復讐心なんざ絶対に抱くな。生きて帰りたけりゃあな」
口を封じられたアルベルダの代わりに、溜息を漏らしたジールが静かな声で代弁する。
その言葉を肯定するかのように、恐怖で目を見開いたアルベルダはコクコクと僅かに頷いて恭順を示してみせる。
そんなやり取りを、怯えた眼差しで眺めていた残った数名の反乱兵達に、ジールはキリキリと胃が痛むのを感じながら、低い声で念を押したのだった。




