2253話 凶悪なる門番
テミスたちの舞台はそのまま進軍を続け、『研究所』が鎮座する堅牢な門の前へと辿り着いた。
しかし、コルカの魔法で狙撃に対応し始めてからというもの、こちらの戦力をこれ以上削ることは不可能だと悟ったのか、ぱったりと狙撃は行われなくなった。
お陰でここまで辿り着く事は容易だったが、それはテミスの杞憂が的中したことを意味している。
本拠点の守りを固める『先生』と、それを攻めるテミスたち。
この総力戦はいわば敵戦力の削り合いであり、戦力を小出しにしての狙撃はテミス達からすれば鬱陶しさこそあったものの、サキュドやコルカの力で確実に敵の戦力を削ぐ事ができる、有利な流れでもあった。
加えて、敵の攻撃が止んだ事により、テミス率いている以外の部隊には、少なからず緊張感に緩みが見え始めている。
「……ここは一つ、派手にぶちかますとするか」
『研究所』の正門の正面に陣取ったテミスは、ニヤリと不敵に唇を吊り上げると、ゆっくりとした足取りで前へと進み出る。
眼前には、元は重厚にして堅牢な造りであったのだろう鋼鉄造りの正門が聳えていた。
しかし、命無き鋼鉄で作られているはずの門は時折不気味に脈動し、門扉の隣の柱にはガトリングのような形をした不気味な塊揺れ、行く手を阻む格子からは禍々しい気配が感じられた。
「お待ちください! テミス様。ここは私がッ! あの門程度でしたら、問題無く破壊できます!」
ゆらり。と。
門から少し離れた位置で立ち止まったテミスの手が、背中の大剣の柄を掴み取った時。
背後から駆け出したコルカが声をあげ、自らの胸に手を置いて名乗り出る。
しかし、テミスは僅かに振り返って首を横に振ると、静かな声で口を開いた。
「却下だ。お前はここまで部隊の防衛に魔力を割いている。これ以上の消耗は好ましくない」
「ですがそれはテミス様とて同じ事です! 敵将との決戦を前にお手を煩わせたとなれば旗下の名折れ――ッ!?」
テミス自身に却下されて尚、コルカは必死の形相で食い下がると、テミスの前に跪くべくその横を通り抜けようとした。
だがその瞬間。
素早く閃いたテミスの腕がコルカの身体を押し留め、その金剛力を以て無理やり後ろへ突き飛ばす。
「ご無礼は承知ですッ! ですがどうかご再考をッ!!」
「…………」
すると即座に、コルカはその場で頭を垂れて跪くと、必死さの滲み出る声色でテミスに進言を続ける。
確かにコルカの言う通り、『先生』との戦いを前にテミスが消耗するのは避ける必要がある。
その為に基幹部隊は腕利き揃いを揃えたのだし、ここでテミスが剣を振ってしまっては本末転倒というものだろう。
だが、コルカが進み出ようとした時、誰もその歩みを止めようとする者が居なかった時点で、テミスの胸の内は定まっていた。
「決定に変更は無い。退がっていろ」
「ッ……!! 了解ッ……しました……!!」
故に、揺るぎのない声でテミスが決定を伝えると、コルカも自身の進言が聞き入れられる事は無いと悟ったのか、悔し気に臍を噛みながら素直に後方へ引き下がる。
テミスの推測が正しければ、あの門には自動迎撃機能が備わっている筈だ。
砲門の据え付けられた角度からして、機銃掃射の範囲は門の前に限定されているようだが、それでも無策で近付けばテミスとて無事では済まないだろう。
「スゥ……」
ならばここは、月光斬にて一撃で粉砕する。
そう心を決めたテミスが、背中の大剣を抜き放ち、たただかと天へ向かってその切っ先を掲げた時だった。
「ったく、敵も居ねぇのに何をモタクサやってんだよ。誰も行かねぇってんなら、俺が開けてやる」
「――っ!」
テミス率いる部隊の中から、苛立ちの籠った声と共に一人の男が門へ向けて駆け出していく。
その男は、先日の召集でテミスに危険分子と見做され、最前線へ連れて来られたネルード兵の一人で。
突然前触れもなく駆け出した男に、彼等の側に付いていた元賞金稼ぎたちも不意を突かれ、止める間も無くテミスの横をすり抜ける。
一方でテミスも、月光斬を放つべく意識を大剣へと集中し始めた所で、男の動きに即応する事ができなかった。
「馬鹿がッ!! 何をしているッ!! 今すぐに戻れッ!!」
気が付いた時には既に、駆け出した男はテミスの手の届かない位置まで歩みを進めてしまっていた。
否。その気になればテミスは、男の身体を掴んで引き戻すことはできただろう。
しかしその為には、テミスも門の防衛機構と思われる兵器の射程圏内に足を踏み入れなくてはならない訳で。
それでも身体を動かしかけたものの、瞬時に背筋を貫いた悪寒にビクリと身体を留めさせたテミスは、代わりに飛び出してしまった兵に命令を叫んだ。
だが……。
「はぁ……? ただ門を開くだけだろ? 何を怒鳴って――」
テミスの怒声に振り返った兵士が口にした不満が全て紡がれる事は無く、代わりに雷鳴の如く響いた破裂音と同時に、兵士の上半身が消し飛び血が撒き散らされる。
「チィッ……!!! これだから練度の低い兵はッ!!」
テミスが歯噛みをする前で、どちゃりと厭な音を立てて、残った兵士の脚が血だまりの中へと倒れ伏す。
このままでは統率を失った兵が恐慌を起こしかねない。
瞬時にそう判断したテミスは、一撃で正門を破壊する事を諦めると、すかさず大剣を振るって月光斬を放ち、轟音を響かせた砲門を破壊したのだった。




