2252話 鎬を削る
テミス達はその後も幾度か、巨大な弓矢による狙撃を受けながらも、旧政庁区画を、注進に聳える『研究所』へ向けて突き進んでいた。
そこはかつて、テミスが『先生』を討つために忍び込んだ屋敷であり、異形の兵士が最初に出現した忌むべき戦場でもあった。
「報告。後続部隊の一部が弓兵部隊の奇襲を受け交戦中との事」
「わかった。近くの一個中隊を救援に向かわせろ。撃破後、両隊は本隊に復帰せず、周辺地域の索敵及び掃討の任につかせろ」
「了解。伝えさせます」
行軍を続ける最中、速度を上げたジールがテミスへ歩み寄って報告を伝える。
その口上は洗練されていて、無駄な情報や装飾が一切施されていない、軍人然としたものだった。
「待て。お前、やけに慣れているな?」
「昔、従軍したことがありましてね。その時、使いっ走りの伝令兵を」
「クス……そうか。伝令、任せた」
「応ッ……!! とと、失礼。了解ッ!」
そこそこに腕の立つジールに従軍経験があった事は、テミスにとって嬉しい誤算で。
微笑みを浮かべたテミスが頷いてみせると、ジールは威勢の良い返事を返した後、我に返ったかの如くびしりと姿勢と言葉を正してから下がっていった。
「……良かったのですか?」
「何がだ?」
「敵に戦力は未知数です。現状での戦力の分散は愚策だと思いますが」
「クク……だろうな」
「だったら何故……?」
ジールが立ち去ると、入れ替わりにアイシュがテミスの傍らへと歩み出て、抗議をするような視線を向けながら問いかける。
確かにアイシュに言う通り、テミスたちは敵である『先生』の有する戦力を正確には把握していない。
敵の戦力が判らない以上、こちらの戦力を割いてしまえば各個撃破される危険性は非常に高く、純粋にこちら側の戦力を削いでいるに等しい行為だ。
無論。テミスとてそれは正しく理解しており、その上で自分達のいる本隊から戦力を切り分けたのだが……。
「我々が正規軍ならば、確かに本隊への合流を強行させるべきなのだろう」
「っ……!!」
「お世辞にも、今の我々の行軍速度は速いとは言えない。敵に戦力を立て直す隙を与え無い為にも、これ以上本隊の行軍速度を落とすことはできん。一度本隊から離れた連中では損害を出さずに追い付く事は不可能だ」
「納得しました。ですが、敵の狙いもそこにあるかと」
「あぁ。理解している。こうも露骨ではな。こちらの戦力を切り取りに来ているのは間違いないだろう」
テミスはアイシュの忠告にコクリと頷きを返すと、静かに視線を前へと戻して目を細めた。
もしもここに居るのが黒銀騎団や白翼騎士団だったならば、テミスは迷いなく本隊への再合流を命じていただろう。
人数が少なくなる分、離脱した部隊の足は速くなる。先を行く本隊を追いかければ、追い付けるのは必然だといえる。
事実。これまで何度も本隊を離れて戦闘に赴いたサキュドは、その度に敵を始末してしっかりと帰還を果たしていた。
しかし、練度の低い今の部隊ではそうもいかない。
戦闘を経た連中は、兵士や騎士ではないが故に無制限に負傷者を抱え込み、行軍速度はむしろ本隊よりも落ちるはずだ。
そんな連中を無理に前線に居る本隊へ合流させようとする行為は、各個撃破を仕掛けやすい良い的が、ホイホイと敵前へと彷徨い出て来るに等しい。
ならば、無理に合流させて無駄に戦力を失うくらいならば、そのまま別動隊として動かした方がまだ役に立つというものだ。
「コルカ」
「はいっ……!」
とはいえ、このまま無策に戦力を切り離し続ける訳にもいかない。
何か手を打たなければ、瞬く間に部隊は削り取られ、本隊はテミス達だけになってしまうだろう。
仮にそうなっても問題が無いように、テミス率いる基幹部隊は腕利きで固めているが、あくまでもそれは『先生』との決戦に備えたものだった。
故に、胸中で溜息を漏らしたテミスは、短く名前を呼んでコルカを呼び寄せると、正面を睨み付けながら言葉を続けた。
「次に後方部隊が奇襲を受けたらお前が迎撃に回れ」
「了解です! 彼等のお守は必要ですか?」
「…………。フッ……連中とて非戦闘員ではないのだ。魔力の無駄だ。そこまで気を回す必要はあるまい」
「わかりました。攻撃を受け次第、即座に応撃します」
「頼んだ」
仮に敵に先制を許したとしても、コルカの操る魔法ならば、遠距離からでも敵を始末する事ができる。
そうすれば、攻撃を加えられた部隊がいちいち足を止めて応戦する必要はなく、コルカの魔力を消費こそするものの、これ以上戦力が削られる事は防げるだろう。
尤も、コルカ自身は魔法の詠唱で僅かに足を止める必要があるため、テミス達の部隊へ復帰するために多少駆け足をしないといけないだろうが。
「さて……これで打って出て来てくれれば楽なんだがな……」
これはいわば牽制。
牽制攻撃が通じないと判れば、今度は本隊同士のぶつかり合いとなるのが必定だが……。
そうテミスは考えを巡らせながら、前を見据えたままボソリと言葉を零したのだった。




