2251話 開戦の一射
荒れ果てたネルードの市街を、完全武装をした兵達が駆け抜けていく。
アイシュたちが拠点を構えていた居住区画よりも、激戦区となっていたこの旧政庁区画は損傷が激しく、建物は瓦礫の山やボロボロの廃墟と化している。
そこには戦場のような鬨の声は無く、張り詰めた緊張感から吐き出される荒い息のみ。
しかし、戦闘を駆けるテミス達の部隊だけは、普段と変わらない雰囲気に包まれていた。
「アイシュ。この中で奴を一番よく知るのはお前だ。どう来ると予測する?」
「そうですね……真っ向から戦力をぶつけて勝負……とはならないでしょう。必ず搦め手を打って来るはずです」
「やれやれ、面倒な――ッ!!!」
部隊の先頭を駆けながら、アイシュがテミスの問いに応えた瞬間だった。
まるで答え合わせをするかの如く、テミスの背筋をゾクリと悪寒が駆け巡り、テミスは半ば反射的に大剣を抜き放って空を薙ぐ。
「何を……ッ!?」
突如として抜き放たれたテミスの刃に、サキュドやシズクをはじめとする部隊の面々が弾かれたように臨戦態勢を取った。
だが、身構えた面々が行動を起こすよりも早く、ガギィンッ! と硬質な音が響き渡り、テミスの放った斬撃が黒く巨大な杭のような矢を叩き落とす。
「チィッ!!! 右方前方ッ!! 狙撃されているッ!! 建物の上だッ!!」
「ッ!! アタシがッ!!!」
ギラリと目を剥いたテミスが咆哮をあげると同時に、サキュドとコルカが同時に動いた。
コルカは身を屈めて杖を構え、魔法を以て応撃を放つべく魔力を込める。
しかし、練り上げられた魔力が魔法と化す前に、サキュドが鋭いひと声だけを残して、弾かれたかのような勢いで空中へと飛び上がった。
そうしてそのまま、サキュドはジグザグと空中を回避軌道を描いて飛びながら、テミスの示した方向へ向けて疾駆する。
「次射来るぞッ!!」
「私が受けます」
「かなりの威力だぞ」
「了解しました」
だが、サキュドが射手の元へと到達するよりも早く、テミス達を狙った異形の兵士は大弓を構え直し、容赦なく巨大な矢を撃ち放った。
放たれた矢は空中を疾駆するサキュドの傍らを掠め、敵の攻撃を察知して怒号をあげたテミス達の方へ向けて飛んでいく。
けれど、悠然と進み出たアイシュが腰の剣を抜き放って口を開くと、テミスの忠告に頷いてから己の足元へと刃を突き立てる。
すると瞬く間に、テミス達を守護する形で闇色の防壁が構築され、テミス達を狙って放たれた矢は、砲弾が着弾したかのような轟音を奏で、闇色の防壁を貫いて止まる。
「……ふざけた威力ですね。弾き飛ばす気で守りを固めたのですが」
「あんな代物を打ち込まれたのではまともに行軍が出来ん。奴め、早速仕掛けてきたか」
巨大な矢を止めると、アイシュは地面に突き立てた剣を抜いて、嘯きながら防壁を解除した。
再び剣を構えている所を見るに、アイシュは第三射も自身が応ずる気でいるのだろう。
しかし、テミスは忌々し気に吐き捨てこそしたものの、抜き放った大剣をゆらりと振りかざし、あろう事かそのまま背中に収めてしまう。
「ちょっ……!? テミスさんっ!?」
「問題無い。総員、周辺警戒を厳として進むぞ。敵の狙撃や不意遭遇戦が予測される」
戦闘中であるにも関わらず、武器を収めてしまったテミスを庇うように、シズクが慌てて声をあげながら傍らへと寄り添った。
けれど、テミスはニヤリと不敵な微笑みを浮かべて告げ、淡々とした口調で淀みなく部隊へ命令を伝える。
「何を言って……!! まだ狙撃がッ!!」
「安心しろ。サキュドが向かったんだ。二の矢は放てたとて奴の事だ、第三射は意地でも撃たせんさ」
「…………」
引き攣った表情で、シズクが巨大な矢が飛んできた方向を睨んで叫ぶが、テミスは悠然とした態度を崩す事無く前方を探るかのように視線を向けていた。
その傍らで、シズクと同じく第三射を警戒していたアイシュもまた、口をつぐんだまま身構えていたのだが……。
「……止まりましたね。狙撃」
「サキュドさん……」
テミスの言葉通り、数秒待てども第三射が射かけられる事は無く、身構えていたアイシュとシズクの緊張が僅かに緩む。
事実。
その頃には、射手の元まで辿り着いたサキュドが怒りの一閃を加えており、射手は大弓を棄ててサキュドと白刃を交えていた。
「前進するぞ。サキュドもじきに合流してくる」
「なっ!? おい!! あのお嬢ちゃんを待たねぇのか――ッ!?」
「――止せ。見ていればわかる」
テミス達の間柄を良く知らない者からすれば、テミスの命令はサキュドを捨て石に使ったかのように思えるものだった。
故に。怒りに表情を歪めた戦斧使いの女……アルベルダが気炎を上げてテミスに抗議の怒声をあげる。
しかしそれも、ジールが即座に止めに入り、それを確認したテミスはアルベルダを無視して前方へ視線を向けると、部隊を率いて行軍を続けた。
「クス……では、私も倣うとしましょうか」
そんなテミスを眺めながら、アイシュは抜き放ったまま構えていた剣を腰へ納めると、憮然とした表情を浮かべるアルベルダに苦笑しながら、先を行くテミスの背を追ったのだった。




