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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第32章

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2246話 知らぬは恩、報いるは義

 アイシュの宣言を受けて、一瞬だけ場はしんと静まり返ったが、次第に再び零れだしたざわめきが次第に大きくなっていく。

 そこには、動揺と困惑、そして少なくない疑惑の感情が含まれていて。

 最初は規律に従っていた兵達も、今回は堪らず口を開いていた。

 それもその筈。

 ただ戦いの局面だけを見れば、アイシュの選択は守りを固めている敵に対して、玉砕覚悟の特攻を仕掛けるに等しい。

 尤も、その背後に積み上がるテミス達の事情や、テミスたちの手を借りなければ戦線の維持すら危ういアイシュたちの事情は確かに存在するのだが……。

 それらを知らない一般兵達からしてみれば、アイシュの宣言は素人でも理解できる無謀な特攻に過ぎない。


「ちょっと待ったっ! いくらなんでも無茶だ。何か、そうしなくてはならない理由でもあるのかい?」

「…………」


 兵達の間に走る動揺を代弁するかの如く、アイシュの突き飛ばされたスイシュウが再び進み出て声をあげると、兵達の間から僅かにスイシュウの意見を肯定する野次が漏れて出る。

 しかし、アイシュは即答する事は無く、少しの間黙り込んでからクスリと不穏に唇を歪めてみせた。


「えぇ勿論。我々には時間がありません。昨夜、ゼルト軍港から多数の軍艦が出撃したのはご存じでしょう?」

「っ……! そうだね。今、敵の戦力は減っている。だからこそ叩くのが狙いなのかい?」

「いいえ。確かに戦力が減っていることは事実です。ですが、事をそう楽観的に捉えられては困ります。我々は今、どうしようもなく追い詰められているのですよ」

「ッ……!!」


 口ぶりからしてスイシュウは、今この場でアイシュに事の経緯を説明させようと目論んだのだろう。

 だが、物事には説明すべき順序というものがある。

 それを無視して結論だけを語ったアイシュに、慌てたスイシュウが話の方向の誘導を試みるも、艶やかな微笑みを浮かべたアイシュは朗々と更に言葉を続けた。


「奴等の向かった先は、間違いなくロンヴァルディアでしょう。故に我々は、一刻も早くネルード(こちら)に残った本隊を叩き潰さなければなりません」

「っ~~! 君は、どうしてそう……」


 そうして続けられたアイシュの言葉は、まさしくスイシュウにとって最悪そのもので。

 恐らくは狙ってそのように発言したであろうアイシュの前で、パシリと額を叩いて深々と溜息と共に苦言を漏らした。

 しかし、いくらスイシュウが嘆いた所で、一度吐いてしまった言葉が無くなる訳ではない。


「ッ……!! ふざけるなッ!! ロンヴァルディアの連中なんて……放っておけば良いじゃないかッ!!」

「そうだッ! むしろあの化け物共が潰してくれるってんなら大歓迎だ!!」

「化け物共がロンヴァルディアとやり合って、消耗したところを叩くべきですッ!!」


 ざわざわと言葉を交わすだけだった兵達の中から、次第に一人、また一人と、怒りに満ちた怒号があがり、徐々にその声は大きくなっていった。

 瞬間。スイシュウ直属の部隊の者達は、一気に顔を青ざめさせて近くで叫ぶ兵達を止めに入るがそれも大した効果は無く、反論の声が収まる事は無かった。

 だが、それらの声を一身に受けながらも、アイシュはただ涼やかな微笑みを浮かべたまま動く事は無く、口をつぐんだままで。


「アイシュちゃん……どうしてこんな真似をするんだい? これじゃあ、誰も幸せになんてなれやしない」


 悲し気に眉を顰めたスイシュウが小声で尋ねるまで、アイシュはまるで噛み締めるかのように己へと注がれ続ける声に耳を傾け続けていた。


「……私はね。こう見えて恩知らずが嫌いなんですよ」

「へぇ……? 君がかい? そりゃ意外だ。てっきり、あれだけ女の子たちを匿っていたんだから、もっと器量よしだと思っていたんだけど……?」

「ふふっ……! 持ち上げても無駄ですよ。あの子たちは本当に義理堅い。私の元を離れても、必ず年に一度は恩返しにと尋ねて来るんです」

「はぁ……わかった。好きにしなさい。どのみちここまで来たんじゃ、君の策に乗るほかは無いからね。僕はせいぜい、脇を固めるとするよ」


 スイシュウはアイシュと怒号が飛び交う中で言葉を交わすと、再び深々と溜息を吐いて、静かに一歩退いてみせる。

 それはまさしく降参の証であり、これ以上アイシュの手を煩わせる事はしないという意思表明でもあった。


「…………」


 スイシュウが退いて、ただ一人兵達の無責任な怒号を受ける事になったアイシュは、おもむろに腰の剣へと手をかけてゆっくりと抜刀する。

 その瞬間。勘の良い者や元々軍人であった者は我に返って口を噤むが、それでも怒号が止まる事は無かった。

 そして、アイシュが言葉すら発する事無く、眼前の床の上に抜き放った剣を突き立てると、兵士たちの足元から次々と鋭い杭のような影が伸び、その身を傷付ける直前でピタリと止まる。

 無論。そのような状態で怒号を発し続ける事ができる者などこの場には居らず、場は恐怖によって再びしぃんと静まり返った。


「好きに勝手に囀るのは結構ですが……我々は、ここに居るロンヴァルディアから来た、良き隣人の奮戦によって救われたことをお忘れなく。そして我々のこの平穏は、彼女たちによって守られている事もです」


 圧倒的な武力を以て兵達を黙らせたアイシュは、嗜虐的に溢れた笑顔を浮かべながら兵士達を一瞥すると、罪人に鞭を振り下ろすかの如く淡々と、しかし力強く告げたのだった。


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