2244話 総力を束ねて
一分の隙すら無い一手に思えた『先生』の戦術だが、その実一点だけ致命的な欠陥がある事を、既にテミスは見抜いていた。
第一に、テミスたち救援部隊がネルードに残るのは大前提として、その上でフリーディア達も数日は持ち堪える事は出来るだろう。
そうすれば残るは、旧政庁区画に防御を固めている『先生』の部隊を突破し、大将首を討ち取ってしまえば良い。
尤も、フリーディアたちロンヴァルディアの本隊が、『先生』が差し向けた艦隊を殲滅するという道も一応はあるが……。
「総力戦を仕掛けてきたか。無駄に聡い奴め」
「我々としては、貴女がたを正式にネルードへと迎え入れ、着実に敵戦力を削るという手もありますが……?」
「当然、却下だ。お前、わかって言っているだろう?」
「えぇ。ですが、不要な隠し立てはしないと誓ったばかりですので。もしも来て頂けるのでしたら、佐官待遇……いえ、元帥待遇をお約束しますよ」
「日がな食って遊び惚けて眠るだけ。戦時には真っ先に逃げ出しても良いと言うのならば考えるが? 無論、贅を尽くせるだけの給金付きでだ」
「それではただの穀潰しではないですか」
「そうとも言うが、最高の待遇だろう?」
「……ひとまず、貴女がネルードの民となる気が無い事は理解しました」
穏やかな声色ながらも棘のあるやり取りを交わしながら、テミスとアイシュは互いに不敵な微笑みを浮かべると、同時に肩を竦めてみせる。
アイシュ自身がそう宣っているように、元よりテミスをネルードへ引き込もうなどとは考えてはいないのだろう。
それはテミスも同様で。欠片ほども働かない癖に贅沢の限りを尽くさせろなどという無茶な条件を、アイシュたちが受け入れる筈が無い事は当然理解している。
言うなればこれは、互いに裏切る気はないという意思を表明するだけの儀式に過ぎない。
「……茶番だな」
「えぇ、茶番ですとも。ですが大切な事です」
「確かに……奴が相手では、背中にまで気を配っては居られんからな」
溜息を零しながら苦笑いを浮かべたテミスは、静やかな表情を浮かべるアイシュと静かに言葉を交わした。
互いに利得を断っての共闘。
今回の一手のように、『先生』はこの後もテミス達とアイシュ達を分断・対立させるべく策を講じてくるかもしれない。
その時、再びこうして互いに腹の内を探り合い、意志を確かめ合う暇など無い事もあるだろう。
だからこそ、テミスは天井知らずの好待遇を、アイシュはテミスという無二の戦力を手中に収める機会を棄て、利益によっての共闘ではなく、純粋に『先生』という共通の敵を排するための同盟を結んだのだ。
「アイシュ。全軍を集結させるのにどれくらいかかる?」
「半日ほど頂ければ。そちらは?」
「こちらも半日くらいだな。尤も、伝令を送るだけだから、私自身は手空きになるが」
「でしたら、貴女が拾ってきた戦士を治療してさしあげては如何ですか? 露払い程度の役には立つでしょう」
「お前……私よりよっぽど鬼畜な事を言っているのは自覚しているのか?」
「何のことでしょう? 私はただ、手空きなら傷を治して差し上げれば、彼女は完治するかもわからない傷が癒え、我々は戦力が増えて助かると提案しているだけですよ」
「フッ……! 悪い奴め。だが……概ね賛成だ。後でコルカの奴を向かわせよう」
テミスはアイシュの提案に呆れたような苦笑いを浮かべた後、ニンマリと唇を吊り上げて悪どい笑みへと変える。
一方でアイシュも、飄々とした態度を取ってはいるものの、口元にはテミスと同じように歪んだ微笑みが浮かんでいた。
アイシュもテミスも、総力戦を控えた今の段階で、使えるだけの全ての戦力をかき集めるという点では、僅かばかりの情けも容赦も駆ける様な質ではなく、怪我人を叩き起こして使えるようにしたうえで、再び戦場に放り込む程度の所業は厭わなかった。
「こちらも避難誘導などの戦闘行為以外の雑事は、負傷兵に任せます。作戦には私とスイシュウも戦列に加わりましょう」
「よし。では具体的な作戦案を詰めるとしよう。こちらにはまだコジロウタが残っていたな?」
「えぇ。遊撃として戦線の防衛を任せていましたから、今は帰還しているはずですが……」
「フム……まずはシズクを走らせて確認をしよう。こちら側の戦力を正確に把握しておきたい。作戦卓はあるか?」
「代替品でしたら、隣の部屋に」
「よし。場所を移そう。そちらの方が話が早い」
「わかりました。案内します」
幸か不幸か。
この場には唯一の良心であり、二人を抑える事ができるスイシュウはおらず、意気を合わせたテミスとアイシュは、瞬く間に話を進めていったのだった。




