2239話 殺戮の種
ジュジュゥッ……!! と。
肉を焼くような音と共に、テミスの突き立てた大剣の刀身が『産場』の壁の内へと飲み込まれる。
しかしそのまま、一秒、二秒と時間が過ぎても変化が起こる事は無く、黒銀騎団の面々を除く者達が、不安気な表情を浮かべてテミスの方を振り返った。
その時だった。
「フッ……」
大剣を突き立てた傷口の隙間から、ボボッ……! と音を奏でて蒼い炎が漏れ出すと同時に、『産場』の壁がぶるぶると大きく震えはじめる。
その震えは次第に大きくなり、テミス達から少し離れた位置の闇色の壁の内側に、僅かに揺らめく青色が覘いた途端、その表皮を食い破って青色の火柱が溢れ出す。
「っ……!!? まさか……内側から灼き尽くしてんのか……?」
「馬鹿なッ!? こんな巨体をですか……!? あり得ませんッ!」
「……でも、ホラ」
予想だにしなかった事態に、ジールと槍使いの男が今日が驚愕の表情を浮かべると、ただ一人涼しい表情を崩さなかった暗器使いの少女がちょいちょいと上空を指差した。
するとそこでは、ブツブツと煮え滾ったかの如く『産場』の壁から泡が沸き立ち、そこかしこから青色の火柱が噴き出していた。
「…………」
今、眼前に聳え立つ『産場』の内側では、テミスの放った青色の炎が猛々しく荒れ狂い、その肉体を焼き尽くしている。
だというのに、この『産場』はどうやら発声器官すら持ち得ていないのか、不気味に表皮を震わせ続けるだけで動く事は無く、まるで生物としての気配を感じる事は無かった。
しかし、ぶるりぶるりと時折震える漆黒の壁は、まるでテミスの非道な一撃に苦しみ堪えているかのようで。
「ッ……!! なんて残虐なッ……!!」
「……? そう? 私はそうは思わない」
「あれほどの力があるのなら、ひと思いに両断してやれば良いじゃないですか! こんなわざわざ苦しませるような真似をせずとも良いはずです!」
「それは違う」
その傍らでは、苦しむような『産場』の動きに感化されたのか、槍使いの男が怒りの気炎を上げる。
しかし、隣に立つ暗鬼使いの少女は淡々とした声でそれを否定し、静かな瞳をテミスへ向けて言葉を続けた。
「コレは化け物を生み出し続けていたし、コレから生まれた化け物たちは、私たちが斬っても再生する」
「っ……!! まさか、この中にッ……!?」
「それは分からない。でも可能性はある。だから……」
「この状況……あの一瞬で、まさかそこまで……ッ……!!」
暗器使いの少女の言葉に、槍使いの男は皆まで言われる前に、テミスが危惧した可能性の一つに思い至ると、息を呑んで大きく目を見開いた。
もしも仮に、この巨大な壁の内側に、異形の兵士たちが蠢いていたら。
『産場』を両断して更に消耗したテミスたちの戦力では、物量に押し切られてしまう危険性は十分にあった。
「……だから言っただろうが。逆らうなってよ」
「貴方は……最初から知っていたのですか……? 彼女が……その……」
「規格外だってか? いんや、ひと目見たトキから勝てねぇとは思っちゃいたが、まさかこれ程たぁな。ま……勘ってやつだ」
ジールたちが言葉を交わしながら見上げる前で、異形の兵達を生み出していた産場の壁は、ビシリビキリと音を立てて崩れはじめ、地面に落ちる前に黒い霞となって虚空へと消えていく。
最早、『産場』から新たな異形の兵が吐き出される事は無く、この世の物とは思えない程に煌々と輝く青色の炎が、ゆっくりと『産場』の残骸を燃え散らせていた。
「…………」
テミスは青色の炎によって蝕まれ、焼け崩れ始めた『産場』を確認すると、漸く突き立て続けていた大剣を引き抜き、深く大きくため息を吐いた。
幸か不幸か、この『産場』には意志や意識といった者はおおよそ見受けられなかった。
ともすれば、テミス達が知覚できなかっただけで、そう言ったものを持ち合わせていた可能性も無くはないが……。
だが万に一つ、『産場』が本当に意志や意識を持って居なかった場合、コレは無限の兵士を生み出す理から外れた兵器となる。
兵器とは即ち、物……道具を意味する。つまり、使い手を選ばないということで。
たとえ、生み出される異形の兵が制御を受け付けなかったとしても、何らかの方法で敵の町の中へと放り込んでしまえば、自動で動いて無差別に人を襲う侵略的な殺戮兵器の出来上がりだ。
「そんなものの存在は私が認めん。この場で……この町で根絶やしにしてくれる」
その瞳に揺るがぬ決意を宿したテミスは、低い声でそう呟きを漏らすと、抜き放った大剣で宙を大きく薙ぎ払ってから背中へと納めた。
あとは既に生み出されてしまった異形の兵共を片付けるだけ。
胸の内で意識を今やるべき事へと切り替えたテミスは、クルリと身を翻して燃え散って行く『産場』に背を向ける。
「敵の中枢は破壊したッ!! 状況は掃討戦に移行ッ!! アイシュ達本隊と合流するぞッ!!」
そして、異形の兵達を相手に奮戦するサキュド達の背を見据えて、猛々しい声で指揮を執ったのだった。




