2235話 無意識の隙
ドドンッ!! と。
奮戦を続けるテミス達の耳に、その絶望的な音が届いたのは、三つ目の桟橋を爆破してからおよそ一分後の事だった。
その音は残る一つの桟橋を離れた異形の船が、砲撃を放った音で。
反射的に空を見上げたテミスの視界の中で、上空に広く開けた空の彼方に僅か一点、放たれた砲弾がテミス達の元へ向かって落ちはじめていた。
「クッ……!! 私が迎撃するッ!!」
それを見咎めるや否や、テミスは叫びと共に全力で地面を蹴りつけると、大剣を振りかざして上空へ一気に跳び上がる。
飛んで逃れる事ができるサキュドは兎も角、逃れる術を持たないシズクや、呪文を詠唱しているコルカはアレが着弾したが最後、ひとたまりもなく絶命してしまうだろう。
「舐……めるなよォッ……!!!」
ならば、たかだか砲弾の一つや二つ、着弾する前に斬り捨ててしまえば問題は無い。
勇猛果敢に咆哮をあげたテミスは、振り翳した大剣で放物線を描いて飛来する砲弾を真っ二つに両断してみせた。
しかし次の瞬間……。
「――ッ!!!」
テミスが両断した砲弾は眩い光を放ち始めると、空中へ跳び上がったテミスを諸共に巻き込んで炸裂する。
放たれた砲弾は、艦艇戦で用いられていた物とは異なり、対人爆撃用の榴弾だったのだ。
無論。上空高くで炸裂したお陰で、地上で戦う面々に被害は無かった。
だが、両断した砲弾の間近で爆発を受けてしまったテミスは、空中に浮かぶ爆炎の中から投げ出され、ドサリと重たい音を立てて地面に落着する。
「テミス様ァッ!!」
「テミスさんッ!! 大丈夫ですかッ!?」
地面に横たわったまま、ブスブスと全身から細い白煙を燻らせるテミスの姿に、その身を案じたサキュドとシズクの叫びが重なった。
けれど、シズクもサキュドも戦いの手を休める暇はなく、チラチラとテミスの方へ視線を走らせるのが精一杯だった。
「ぐっ……ぁ……っ……!! クソッ!! 猪口才な真似をッ……!!」
だが数秒の間の後。
テミスは傍らで鎌首をもたげた不定形の塊を片手でむんずと握り潰すと、そのまま地面に手を付いてゆっくりと傷付いた身体を起こす。
「……ッ!! 生きているのかッ!? 手当てをするッ! 傷を見せてみろッ!」
「構うなッ!! この程度掠り傷だッ!!」
起き上がったテミスの姿を見たジールは、驚きに呟きを漏らした後、大慌てでテミスに手当てを施すべく駆け出しかけた。
しかし、テミスは視線すら向けずに一喝してジールを制すると、爆発に呑み込まれて尚手放さなかった大剣を地面に突き立ててゆらりと立ち上がった。
「チッ……!! 抜かったッ……!!」
唇の端から零れた一筋の血を手の甲で拭いながら、テミスは忌々し気に吐き捨てる。
敵を率いているのが転生者である『先生』である以上、大砲に用いられる弾もただの砲弾ではない事は予測できたはずだ。
本来ならば、敵に砲撃を許した時点で、月光斬での迎撃をすべきだった。
だがそれをしなかったのは、桟橋を制圧した後も続くであろうこの奪還作戦に備えて、少しでも力を温存しようと考えたのだ。
けれど結果はこの有様。
負うはずではなかった手傷を負い、月光斬を一発放つよりもはるかに大きな消耗を招いてしまった。
「忌々しいッ……!! 自分の迂闊さに反吐が出そうだッ!!」
テミスは胸中に沸き上がる自罰の念を吐き出すと、ぎしりと固く大剣の柄を握り締める。
このネルードを訪れてからの戦いで、テミスは心の何処かで異形の兵の力量を侮っていたのだろう。
鎧袖一触に斬り捨てる事の出来る敵だから大した事は無い。
その驕りが油断を招いて判断を誤らせ、あろう事か過剰に力を温存するなどという愚策を取ってしまった。
「スゥ……ハァ……。ッ……!! サキュド、シズク。敵の砲撃は全て私が片づける、地上の連中は任せるぞ」
「くふふっ……! 了解しました」
「お任せくださいッ!!」
「ッ……!!」
一度大きく深呼吸をして心を落ち着けてから、テミスは冷静さを取り戻した声で、サキュドとシズクに新たな指示を出す。
同時に、遠くから再び砲撃の音が鳴り響く。
だがその瞬間、無造作に上空へ向けて放たれた月光斬が、討ち放たれた砲弾を叩き斬り、再び空中で大きな爆発が巻き起こった。
「…………」
その爆発を静かに見上げながら、テミスは次の攻撃に備えて、振り抜いた大剣を再び持ち上げて構えを取る。
確かに、爆発の直撃を受けた所為で、腕も足も激しく痛む。
しかし堪え切れず動かす事ができないほどの痛みではなく、一瞬は朦朧としかけた意識も、今は正常を保っていた。
ならば何も問題は無い。まだ戦える。
「ッ……くぅッ……!! ああああぁぁぁッッ!!! これで……終わりだッ!!!」
そうしてテミスの放った月光斬が、更に数度打ち込まれた砲弾を切り裂いた頃。
詠唱を紡ぎ終えたコルカが天を衝くような大声で叫びをあげると、構えていた杖を大きく振るって、四か所目の桟橋を爆散させたのだった。




