2233話 伝播する闘志
サキュドとシズクを傍らに伴い、敵陣の只中へと斬り込んだテミスは、大剣を轟然と振り回して、雲霞の如く襲い来る異形の兵を薙ぎ払う。
一太刀のもとに両断された異形の兵は、厭な音を奏でながら地面に落ちると、即座に再生を始めるべく、うぞうぞと蠢き始めた。
だが、テミスは足元で蠢く異形を一瞥すらすることなく、時には強烈に踏みつけて前へと駆ける。
「ハハッ!! 強いと言った所で所詮はこの程度かッ!!」
異形の兵の中には、時折他の兵よりも大振りな剣や槍を携えている個体も見受けられたが、テミスの振るう斬撃が止められる事は無く、鎧袖一触に斬り払われていく。
やはり、以前に戦ったあの異形の兵士たちが特別な個体だったのだろう。
猛然と突き進みながら、テミスは胸の内でそう確信すると、チラリと視線を後ろへ向ける。
「今のところは問題無い……か……」
そこでは、テミス達に続いた反政府部隊の兵たちが、地面に斬り伏せられた異形の兵達の処理に取り掛かっていた。
いくら一撃で容易く斬り伏せられるとはいえ、こちらの処理能力にも限度がある。
万が一、処理部隊の手に余る量の兵が押し寄せてきた時には、如何に攻め切る隙が生まれていようとも、テミス達は防衛戦に徹せざるを得なくなってしまう。
だが、どうやらこの軍港に配されている異形の兵は、当初テミスが危惧していたほどの数はいないらしい。
「アハハッ!! コイツら、弱っちいけれど沢山居るから退屈しないわッ!!」
「…………」
狂笑をまき散らしながら、踊るように紅槍を振るうサキュドも、口をつぐんだまま黙々と刀を振るうシズクも、どうやら苦戦はしていないようで。
首を刎ね、四肢を切り裂き、五体をめった刺しにして蹂躙するサキュドが、この戦いを楽しんでいるのは言わずもがな。
淡々とひたすらに首を刎ね続けているシズクも、何処か楽し気な微笑みを浮かべていた。
「っ……! サキュド。シズク。予定変更だ。先に港湾設備を掌握するぞ」
快進撃を続けるテミスは、ふと船が係留されている桟橋の方へと視線を向けると、普通の船に混じって浮かんでいる異形の船を見付けてピタリと足を止める。
そして即座に帯同する二人へ声をかけ、返事を待つことなく桟橋の方へと突き進んでいく。
「コルカッ! 付いてきているなッ!?」
「はいッ!!」
「魔力の残りはッ!?」
「まだまだ余裕です!」
「よしッ! ではあそこの目障りな船を沈めるッ! 一分半で沈めきれッ!」
猛々しく指揮を執ったテミスが示した先には、ゆらゆらと不気味に揺れ動きながら、ゆっくりと離岸していく異形の船たちが居た。
仮に、あの異形の船がここの思考能力を有しているのだとしたら。
一度岸から離れられてしまえば、こちらの攻撃は殆ど届かないだろう。
ならば相手が動き出す前に、長距離攻撃を以て叩く。
敵が完全に岸を離れてからでも攻撃可能なコルカの攻撃という点は同じであっても、迎撃として放つ一撃とは訳が違う。
たとえ事前に打ち合わせていた作戦とは逸脱していたとしても構わない。
敵の攻勢が整う前に、多少強引であっても出鼻を挫いて後顧の憂いを断つ。
それがこの戦場の只中で、瞬時にテミスが下した判断だった。
「ッ……! やって……やりますともッ……!!」
「総員ッ!! 方陣を組めッ! コルカを守るぞッ!!」
「ッ……! さっさとやりなさいよねッ!!」
「了解ッ!」
テミスの指揮に従ったコルカが、即座に足を止めて詠唱を始めると、テミスは矢継ぎ早に新たな指示を飛ばす。
もしもテミスが率いている兵達が、練度の低い者達であったのならば、事前の作戦説明を大きく逸脱する指揮により、部隊は混乱をきたしていただろう。
だが、随伴しているサキュドとシズクは迷う事無くテミスの指揮に応ずると、それぞれにテミスの右方と左方の後方へと背中合わせに陣取り、迎撃の構えを取った。
「おいおい。隊長さんがたよ。その陣形はあんまりってやつじゃねぇんですかい?」
「全くです。元より物の数に数えられていないことは承知していますが、流石にこの扱いには物申したくあります」
「……少しくらいは、役に立てる」
しかし、迎撃態勢を取ったテミス達の元へ敵が押し寄せて来るよりも早く、随伴していたジールたちが苦笑いを浮かべてそれぞれの武器を構えると、ちょうどサキュドとシズクの間に陣取ってみせた。
それは、テミス達と共にコルカを守って戦うという、何よりも明白な意志で。
ジールたちが見せた闘志に、テミスたちは揃って僅かに驚いたような表情を見せた後、テミスはクスリと不敵な笑みを、サキュドはニタリと歪んだ狂笑を、シズクは口角を僅かに緩めて微笑みを、それぞれに浮かべてみせる。
「フン……好きにしろ。コルカッ! 二分持たせてやるッ!! 標的は四か所だ! 桟橋ごと破壊して構わんッ! 殲滅しろッ!!」
そんなジールたちを横目で眺めながら、テミスはコルカに出した命令を更新すると、眼前に迫り来る異形の兵たちの群れを睨み付けたのだった。




