2232話 開戦の狼煙
最終確認を終えたテミス達は、各々部隊の配置に付くと、静かに戦いの幕が切って落とされる時を待っていた。
先駆けを務めるテミス達の部隊は最前列。初撃を担うコルカを先頭に、テミスとサキュドとシズクが控え、その後ろに後詰めのジールたちが緊張した面持ちで身構えている。
「コルカ。いつでも良いぞ」
「了解ッ……!!」
静かな声でテミスが告げると、コルカはニヤリと口角を吊り上げながら杖を掲げて呪文を唱え、頭上に無数の光の矢が展開された。
奇襲を仕掛けるという都合上、入り口に立つ門番役の兵四体は、敵の認知圏外から始末する必要がある。
故に、コルカの魔法で狙い撃った直後、テミス達がなだれ込む算段なのだ。
「ッ……! っ……!! いきますッ……!!」
ブツブツと細かな詠唱を終えたコルカは、ギラリと力強い光を宿した目で声をあげると、掲げた杖を鋭く前へと振り下ろした。
瞬間。
コルカの頭上に展開された光の矢は一斉に標的へ向けて射出され、微動だにする事無く立ち続ける門番役の異形の兵を、雨霰の如く射貫いた。
「行くぞッ!! 私に続けェッ!!」
コルカの魔法が着弾したことを確認した刹那。
テミスは猛々しく声をあげると、鋭く地面を蹴って前へと飛び出していく。
すると即座に、先陣を切ったテミスに負けじと、サキュドとシズクも駆け出していった。
そこから一拍の間を置いて、魔法を放ち終えたコルカとジールたちが続いた。
「総員ッ! 先行部隊に続けッ!」
「さぁて! 出番だッ! ボクたちも行くよォっ……!」
一番槍のテミス達が突撃を敢行した数秒後。
アイシュとスイシュウが同時に旗下の部隊に号令をかけると、部隊は時の声をあげて一斉に駆け出し始める。
それぞれの先頭には、部隊指揮官であるアイシュとスイシュウが駆けており、異形の兵が相手であっても倒す事ができる戦力を有する二人は、テミス達が取り零した敵兵が後方部隊を狙った場合の保険でもあった。
「サキュドッ! 私は右側を開くッ!」
「了解ッ! 左側はお任せくださいなッ!」
背後に続く者達には構わず、テミスたちは瞬く間に軍港の入口へと辿り着くと、短く言葉を交わして左右へと別れる。
そして、テミスは一足飛びに閉ざされた門を跳び越え、サキュドはふわりと軽やかに飛び上がると、門を開くべく力を込めた。
「ッ……!! 鍵かッ!? 面倒なッ!!!」
「くっ……!! なら、アタシがッ……!!」
「斬りますッ!!!」
しかしガチリッ!! と。
力を込めたテミスとサキュドに伝わってきたのは固く重たい感触で。
よく見てみれば、閉ざされた門の間には閂が通されており、見るからに重厚な鍵が設えられていた。
それを見付けたサキュドが、ギラリと目を剥いて右手を掲げ、掌に紅槍を現出させかける。
だが、収束されたサキュドの魔力が紅槍と化す前に、門の向こう側から凛とした声が響き渡り、鋭い一閃が放たれる。
「っ……!! おぉっと……!」
「うわわっ……!?」
鉄を断つ涼やかな音色が響いた直後。
閂を断たれた門はテミス達の力によって一気に開かれ、その向こう側からは振り抜いた刀を静かに鞘へと納めているシズクが姿を現した。
「っ……!! おいおい……!! こんなぶっとい閂を斬っちまうだなんて……とんでもねぇ腕前じゃねぇか……!!」
開かれた扉の隙間から、ゴトリと鈍重な音を響かせて閂の切れ端が落ちると、一部始終を見ていたジールが感嘆の声を漏らす。
事実。今この場で、シズクと全く同じ事をできる者は居らず、こと太刀筋の精密さにおいてはシズクの右に出るものはいなかった。
それでも。
「ありがとうございます。ですが、この程度の曲芸で驚いていては、この先身が持ちませんよ?」
ジールの手放しの称賛に、シズクは穏やかな微笑みを浮かべて言葉を返すと、素早く身を翻して己が切り拓いた道を駆け出していく。
その頃には既に、門を開け放ったテミスとサキュドは軍港の奥へ向けて駆け出していて。
左右に少しの距離を開けて駆ける二人の手には、いつの間にか抜き放った漆黒の大剣と、濃密な魔力を帯びた紅槍が握られていた。
「……少し前から思っていたのですが、僕たちはとんでもない人に拾われてしまったのではないでしょうか……?」
「勝ち目、ない。でもあの強さ……憧れる……!!」
その背を呆然と見つめながら、ジールに帯同する槍使いの男と暗器使いの少女は揃って口を開く。
尤も、相対した瞬間から力の差を察していたジールにとっては、ようやく理解が及んだかという感想しか出て来ない訳なのだが……。
「ハッ……!! わかったのならさっさと行くぞ。俺達にできる事は、ご主人様のご機嫌を損ねねぇ事だけだッ!!」
「はぁ……結局は誰かの犬ですか……。不本意ですが、仕方ありません」
「わんわんっ……!!」
口々に嘯く二人に、ジールは呆れたような視線を向けて告げた後、先行したテミス達の背を追って駆け出していく。
そんなジールに一拍遅れて、二人はそれぞれに言葉を漏らすと、武器を手にその背を追ったのだった。




