2230話 利の繋ぐ袂
テミスたちの部隊が劣勢を覆したのを契機に、じわじわと追い詰められつつあったアイシュたち反政府軍は勢力を盛り返しつつあった。
元よりギリギリの戦力で保っていた戦線に、テミス達が遊撃攻勢部隊として投入される事で、欠いていた攻め手を担ったのだ。
部隊の士気は上々。
初日に起こった前線部隊との軋轢を反省したアイシュが、ごく少数からなる支援部隊をテミス達の後を追うように配したお陰で、現場から不満が噴出する事も無くなっていた。
「アイシュ。次の作戦行動について話がある」
次々に吉報が舞い込む中。
テミスたちが遊撃を請け負った事で、アイシュは漸く指揮と執務に集中する事ができるようになった。
これまでの負債を返すかの如く働くアイシュの元へテミスが訪れたのは、その日の作戦行動を終えた夕刻のことだった。
「何です? 申し訳ありませんが、見ての通り溜まった執務に忙殺されておりまして。用件は手短に済ませて頂きたいのですが」
手元の書類を捌きながら答えるアイシュに、テミスはクスリと小さく微笑みを浮かべると、カツンと一つ大きな足音を奏でて執務室の中心に仁王立つ。
するとそれを合図に、執務室の外からサキュドとコルカ、そしてシズクが姿を現し、揃ってテミスの背後に並び立った。
「こちらにも事情がある。悪いが、手短にというお前の望みには応えてやれんな」
「……はぁ、これ以上の厄介事は御免なのですがね」
チラリと視線をあげて並び立つテミス達の姿を確認したアイシュは、深々と溜息を吐いて手にしていた書類の束を置くと、静かな瞳をテミス達へと向ける。
ここ数日でテミス達が出向いた戦場は何処も、市街地に点在している異形の兵に制圧された拠点ばかりだった。
それらもある程度は掃討を終え、僅かばかりではあるものの余裕ができたと判断したが故に、テミスはこの場へ赴いたのだ。
「我々は次の作戦で、警備軍港を叩く。この作戦にお前達の手も貸してもらいたい」
「っ……! 流石に無茶です。時期尚早が過ぎますッ!! 港湾関係施設は最も敵の守りが固い場所。攻めるにしても、まずは他の拠点を制圧してからにすべきです」
「戦略上はそうなのだろうな。だが、言っただろう? こちらにも事情があると。幸いなことに、現在稼働が確認されているのは警備軍港のみだ。ここを叩けば、少なくとも邪魔な連中が溢れてくるのは止められる」
「…………。テルル村、ですか」
淡々とした口調でテミスが言葉を紡ぎ終わると、眉根に深い皺を刻んだアイシュはしばらく考え込むかのように視線を落としてから、ゆっくりと絞り出すように声をあげる。
テミス達がネルード入りしてから、警備軍港からは異形の警備艇の散発的な出撃が確認された。
それらは一様に、ロロニア達が橋頭保を構えるテルルの村の方面へと向かっており、実際戦闘音らしき砲撃の音も響いてきた。
元よりテミス達の目的は、ロンヴァルディアに差し向けられるであろうネルードの戦力を削ぐ事だ。
陸上を実効支配する連中を叩くのも手だが、そろそろこの辺りで火元を断っておく必要がある。
「でしたら代替案として、テルルの村に居る方々も、こちらへ合流していただいては如何でしょう? 無論、物資の補給や日々の生活は保証させていただきます」
「……この際だ。我々にとって、お前達ネルード反政府軍と、化け物共の違いを教えてやろう」
「っ……」
「ロンヴァルディアにとって有害であるか否かだ。ついでに言うのならば、我々がお前達に助力している理由も、ロンヴァルディアに有害である化け物共と対立しているからに過ぎん」
敵の敵は味方。
同じ異形の化け物の軍勢を率いる『先生』を敵と定めているのだ。それだけで共闘をする理由には十分だろう。
とはいえテミス達の目的は、ロンヴァルディアに差し向けられる戦力を減らす事。
特に、橋頭保であるテルルの村の安全確保の優先順位は非常に高い。
互いの利が合致しているだけで手を組んでいる以上、その利を不利益が上回れば手を切るのは当然。
尤も、ここでテミスたちとしても、アイシュたちとしてもここで手を切るのは互いに痛手である事は事実だった。
「…………」
「やれやれ、参ったね。一体幾つの戦線を押し戻してやったと思っているんだ。それに警備隊の港とはいえ、軍港を確保できればお前達としても十分に利益はある筈だが?」
「ハァ……わかりました。今、あなた達に手を引かれては私達も窮してしまう。そうまで焚きつけられてしまったら……やるしかありませんね」
酷く長い沈黙の後。
アイシュはがっくりと肩を落として深々と溜息を吐くと、呆れ切ったかのように肩を竦めて答えを返した。
「フッ……良い返事が聞けて何よりだ。それでこそ、先払いをしてやった価値があるというものだ」
そんなアイシュに、テミスはニヤリと不敵な微笑みを浮かべて笑うと、悪びれる素振り一つ見せる事無く、朗々と言い放ったのだった。




