211話 不可視の援軍
「弾着観測。視界誤差マイナス5」
「視界誤差調整マイナス5!」
ルギウス達の居る戦場から遠く離れた山中に、静かなテミスの声が響き渡る。
瞬間。テミスの言葉を、傍らに居たマグヌスが復唱すると、テミスの視界に映し出される戦場の光景が僅かに動く。
その光景は、この世界では遥かに異常で異質な光景だった。
地面に寝そべったテミスが抱えている物。歴史の知識がある者であれば、それが銃である事は理解できるだろう。
しかし、この世界での銃とは、魔法を打ち出す物であって狙撃するものではない。
故に、銃がこれ程までに巨大な形をしているだけではなく、テミスが行っているように腹這いになって寝そべり、虚空へ向けて構えている光景は、誰が見ても異質そのものに映るのだ。
「っ……」
唯一。事情を知る、テミスに随伴した十三軍団の者以外は。
パシュンッ! パシュンッ! と。冗談みたいに気の抜ける音が鳴り響くたびに、その光景を眺めるコルカは戦慄を覚えていた。
私達は作戦の詳細を一切知らされていない。告げられた任務はただ一つ。周囲警戒と魔力供与だけだ。
だがそれでも、サキュド達第一分隊の連中に与えられた任務と、テミス様が持つこの兵器に収束されている馬鹿みたいな量の魔力を鑑みれば、目の前で上官が何をやっているかの予測くらいはできる。
「次。広範囲を焼き払う。少々引いて戦場を鳥瞰せよ」
「視野調整! 戦場鳥瞰!」
マグヌスがそう告げると、テミスの目の前でチキチキと動いている魔法陣が大きく形を変える。
そう。テミス様の視界に映っているのは、何人もの十三軍団兵士を通じてここまで運び込んだ、遥か彼方ラズール平原の戦場の様子だ。
ならば、信じ難い事だが、今テミス様が行っている事は一つしかない。
大規模術式すら使わずに、超遠距離からの魔導攻撃による支援戦闘を行っているのだ。
「次だ。ルギウス達は……?」
「視野調整! 保護対象注視!」
再びマグヌスの言葉が空気を揺らし、もう何度目になるかすら判らない銃声が辺りの空気を揺らす。
「ぐっ……」
ザシャッ……。と。コルカは軽い眩暈を覚えてその場に膝を付いた。
魔力切れだ。自らの容態から瞬時に状況を導き出すと、コルカは静かに息を整えて精神を集中させる。
気が付けば、魔力供与を任としていた者達は全て、既に荒い息を上げて地に伏せていた。
「フム……後は私だけ……か」
自らへの魔力供給が断たれた事に気が付いたのか、テミスは感情の籠らぬ声でボソリと呟いた。
戦場にはまだ大量の人間軍兵士が残っている。こちらの『弾』が尽きそうな今、やるべき事は殲滅ではなく退路の確保か……。
「視野調整! 戦場後方。退路を――んっ!?」
「視野調整! 戦場後方!」
そう考えたテミスが『道』を作るべく、その視野を後方へと向けようとした時の事だった。
テミスの狙撃に慌てふためく兵士たちの一団の中を、防壁に守られたルギウス達に向けて一直線に分け入っていく一団が揺れ動く視界の端に映る。
「あの馬鹿っ――! 何をしに来たッ! 視野を戻せ!」
その姿を捉えたテミスは歯噛みをすると、既に報を発したマグヌスを怒鳴り付ける。すると、慌てたように視界がブレた後、即座にルギウス達の姿を補足する。
「っ……やってくれたっ!」
しかし、その光景を見たテミスは歯ぎしりと共に悔しげな声を上げる。
そこに映っていたのは、防壁を解除したルギウス達を守りながら、人間領へと退却していく白翼騎士団の姿があったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「早くっ! こちらへっ! 何をしているのあなた達ッ! 賓客は白翼騎士団が保護するわっ!」
テミスが覗く先。苛烈極まる戦場では、ボロボロの外套を脱ぎ捨てたフリーディアが声を張り上げていた。
「フリーディア様ッ――!? いやしかし我々はッ……」
「黙りなさい! この場は和平交渉の筈ッ! 招いた賓客が正体不明の攻撃で怪我でもしたら一大事よッ!」
狼狽える兵士を怒鳴り付けると、フリーディアは半ば強引に突き進んでルギウス達の元へとたどり着いた。
「ルギウスさ――殿ッ! 急ぎこちらへッ! この襲撃から離脱しますッ!」
「――っ! ああ。わかった! シャル」
「はいっ!」
フリーディアの姿を認めたルギウスはコクリと頷くと、即座にシャーロットに防壁を解かせ、その庇護下へと入った。そして、彼等の輪に守られながら、一直線に混乱する戦場を駆け抜けたのだった。




