2227話 紅の悋気
ザンッ!! と。
鋭く振るわれた紅槍が、ゆらゆらと迫る異形の兵を袈裟懸けに斬り捨てる。
しかしその直後。
斬り伏せられた異形の兵の背後に潜んでいた一体が、ずるりと腕を伸ばしてサキュドへと襲い掛かった。
「っ……!! えぇいッ!! 鬱陶しいッ!!」
だが、伸ばされた異形の腕がサキュドへ触れる前に。
ヒャゥンと空を裂く音と共に振るわれた紅槍が異形の腕を両断し、切断された腕の先がどちゃりと不快な音を奏でて地面へ落ちる。
「ハッ……! ハッ……!! 確かに、これは面倒ねっ……!!」
一拍遅れて振るわれた三体目の異形の兵が放った斬撃をヒラリと躱すと、サキュドは歯噛みをしながら大きく一歩退き、紅槍をクルリと回して構え直す。
サキュドは既に、自らが相対した三体の異形の兵を、幾度となく斬り伏せていた。
ネルードへ到着する前の戦いで、異形の兵は腕を落とし、脚を斬り裂こうとも止まらないことは知っていたが、数が集まるとここまで厄介だとは、サキュドも想定外だった。
「斬り殺したと思っても足止め程度。殺しきるなら、コルカの魔法が一番だけど……」
小声で呟きながら、サキュドは戦闘中のコルカへ視線を向けた後、へのじに曲げた唇の裏でぎしりと歯を固く食いしばり、視線を前方の敵へと戻す。
たとえ、斬り伏せて動きを止めた所をコルカの魔法で焼くのが、一番戦略的に正しいとしても、サキュドの有する誇りが断固としてコルカの手を借りる事を拒絶していた。
「チッ……!! このアタシが……コルカを頼ったッ!? ありえない……ありえないわッ……!!」
己の心の動きに表情を歪め、ギリギリと固く食いしばった歯の隙間から悔し気な声を漏らすと、サキュドは構えた槍を怒りに任せて突き放ち、三体目の異形の兵の胸を貫く。
しかし、サキュドの怒りがそれで治まる筈もなく、力任せに引き戻した紅槍を再び突き出す乱撃を繰り返し、初撃で胸を穿たれた異形の兵は、無数の刺突に貫かれてどちゃりと地面へ崩れ落ちた。
「それもこれも全部……弱っちぃ癖にしつこいアンタ達が悪いッ!!」
一体が崩れ落ちると、サキュドの怒りはそのまま切り落とされた腕を再生している最中の二体目へと向けられ、怒りのままに振るわれた紅槍が、切り落とされた腕を再生させる間も無く、その全身を千々に刻む。
しかし、幾ら斬り裂こうとも、異形の兵たちが動きを止める事は無く、一番最初に袈裟懸けに斬り伏せた一体は既に、刻み込んだはずの傷はほとんど消え、再びサキュドを目がけて前進を始める。
「あぁ……イライラするッ……! うざったいのよッ!!」
だが、サキュドに飛び掛からんと身体を伸ばした一体目の異形の兵は、たちまち怒りを込めて振るわれた紅の一閃によって両断され、足元で蠢く残りの二体の上へと落ちる。
サキュドとて、魔法が使えない訳ではない。
故に、斬り伏せた敵を自身の魔法で焼けば済む話なのだが、それではコルカの背を追っているだけの戦い方になってしまう。
「いっそ、このまま……ッ――!?」
ぐじゅぐじゅと不気味に蠢く異形の兵士を見下ろし、サキュドが紅槍を構えた時だった。
突如。折り重なって一つの不定形の黒い固まりと化した三体の異形の兵から、ぶじゅりと鋭い槍状の刺突が繰り出される。
しかし間一髪の所で、サキュドはひらりと身を躱すと、咄嗟の回避で崩れた体勢を立て直して敵を睨み付けた。
「ハッ……!! 生意気に挑発しているつもりかしら」
そこには、つい先ほどサキュドを狙った一撃が突き出されたままになっており、粘ついた黒い粘液のような物質で構成されたその形状は、サキュドが携える紅槍にそっくりだった。
「形だけ真似た所で、アタシを捉えられると自惚れるなッ!!」
一つの不定形の塊と化した異形の兵達は、蠢く身体の形を剣山の如く変えて、次々とサキュドの槍を模した一撃を放つ。
しかし、滅茶苦茶に放たれる刺突がサキュドを捉える事は無く、サキュドはその事如くを躱すと、自身の紅槍を模した異形の槍を斬り払って叫びをあげる。
「もう少し遊んであげるつもりだったけれど、そっちがその気なら終わらせてやるわッ!!」
バラバラと落ちる黒い槍の穂先を尻目に、サキュドは怒りに剥いた眼で不定形の塊を睨み付けると、バヂバヂと紅槍から魔力を迸らせながら、高く空へと跳び上がった。
煌々と紅に輝く魔力を纏わせた紅槍は、まるでその大きさを増したかのようで。
船の錨の如く巨大化した穂先を地上の敵へと向けて、サキュドはそのまま直下降の一撃を放った。
「このまま魔力で焼き尽くしてやるわッ!! 軽々にアタシの槍を模した事……後悔しながら滅びろッ!!」
槍に込められた魔力は、不定形の塊と化した異形の兵を貫くと同時に、そのまま奔流となって周囲へ降り注ぎ、それを一身に受け続ける不定形の塊が苦し気に蠢き始める。
そんな不定形の塊と化した異形の兵たちを鬼気迫る形相で睨み付けながら、サキュドは魔力を注ぎ込み続ける手を止めずに吠え猛ったのだった。




