2225話 三姫の援軍
一閃。
異形の兵の顔面を貫いた槍が閃くと同時に、テミスは肉薄していたネルード兵の肩を引き寄せると、そのまま一足飛びに数歩の距離を退いた。
それと同時に、一瞬で振るわれた紅槍によって異形の兵士は千々に刻まれ、ドチャドチャと厭な音を奏でながら地面に落ちる。
「よく堪えた。後は我々に任せておけ」
「お前……たち……は……?」
「こちらに向かっていたら、偶然泣き出しそうな顔で声を枯らしているコイツとすれ違ってな。戦況はあらかた聞いている」
「分隊長ッ!! あぁッ……!! 良かった……!! よかったぁッ……!!」
前線をサキュドに任せたテミスは、遅れてやってきた若い兵士を顎で指し示す。
だが、若い兵士は涙声で歓声をあげながら、まるで子供のように、そのままテミスが救ったネルード兵に飛び付いていく。
「うぉっ……!!? ってぇ事はアンタ等……援軍なのか……?」
「あぁ。敵はたかだか十数体。すぐに終わらせてやる」
「っ……!! 待てッ!! コイツらはただの兵じゃねぇッ!! 倒したからって油断をしたら――!!」
分隊長と呼ばれたネルード兵は、自らに飛び付いた若い兵士を片手であやしながら、驚きに見開いた眼をテミスへ向けて問いを重ねた。
しかし返された答えに、安堵の混じった驚きはすぐに張り詰めた焦りへと変わり、視線を前線に立つサキュドに向けて叫びをあげる。
その足元では、つい先ほどサキュドの紅槍によって千々に刻まれた異形の兵の残骸が、うぞうぞと蠢いて一つにまとまろうとしている所だった。
だが。
「無論。油断など無い。コルカ」
「あいよぉっ!!」
分隊長の男の言葉に、テミスは淡々とした口調で言葉を返すと、威勢に良い声と共に放たれた紫色の炎が、サキュドの足元で蠢く異形の兵の残骸を包み込んだ。
魔法によって生み出された炎に包み込まれた異形の兵の残骸は、ぎちぎちと異様な音を立てながらのた打ち回るように蠢き回る。
しかし、動きこそ止まらないものの、再生が行われている様子はなく、まるでその身を灼かれている痛みに悶えているようにも見えた。
「なっ……!? あぁっ……!!?」
「フム……残りは九体か。ならば仲良く一人三体ずつといこう」
「えぇっ!! それはちょいとズルくないですかッ!? 私達だけ一体少ないじゃないですかッ!!」
「数を誤魔化すなコルカ。一体少ないのは私だけだ。これでも、私はお前達を率いる身だからな……少しくらい楽しみを譲ってやる」
「あんなの倒したうちに入らないですッ!! 薪に火をくべるのと変わらないじゃないですかッ!!」
「あぁ……わかったわかった。だったら私の持ち分を一体、お前に譲ってやるからそれで納得しろ。だが、後始末は怠るなよ?」
「流石テミス様ァッ!! 話をわかって下さるッ!! 勿論! 任務はしっかり果たしますともッ!!」
コルカが駄々をこねている間にも、先行したサキュドは既に真正面に陣取っている三体と交戦を始めており、ひらりひらりと身軽に異形の兵の周囲を飛び回りながら、容赦のない一閃を加えている。
「はぁ……ったく……。ならば、お前は右翼側の四体をやれ。私は左翼側を狩る」
「了解ッ……!!」
溜息まじりに指示を出すや否や、テミスは地を蹴って鋭く前へと飛び出すと、左翼側に位置していた二体の異形の兵へ向けて斬りかかった。
一方でコルカは、その場で杖を構えて詠唱を始めると、まるで極上の玩具を与えられた子供のようにキラキラとした眼差しで、右翼側を進軍する四体の異形の兵を睨み付ける。
「こいつら……何てぇ強さだ……!! 化け物で遊んでやがるみてぇじゃねぇか……!」
「っ……! 分隊長。ここは彼女達に任せて退がりましょうっ! 今なら安全に撤退できますッ!!」
「いいや……。全隊集結だ。援軍とは言ったが見ねぇ顔だ。あんな風体の奴等、アイシュ様から通達も来てねぇ。もしかしたら……!」
異形の兵たちを鎧袖一触に斬り伏せるテミス達の戦いぶりを見据えながら、分隊長の男は微かに震える声で指示を下した。
自分達がテミス達に救われたのは事実だ。しかし、軍人としての性が、所属の定かではないテミス達に、自分達の持ち場を明け渡すことを拒絶していた。
最悪の場合、刃を交える羽目になるかもしれない。
張り詰めた緊張を帯びた覚悟を抱いて、分隊長の男がそう告げた時だった。
「悪いことは言わねぇから。止めておきな。アレとは絶対に敵対しない方が良い。俺が保証するぜ」
「っ……!? 誰だッ!?」
「おぉっと。待てよ。俺も奴さんと同じで敵じゃあねぇ。アイシュサマからの援軍だ。ホレ、そんな事よりも傷、見せてみな。今のうちに手当てしちまうぞ」
テミスの手によって連行された元賞金稼ぎの壮年の男が、荒い息を吐きながら姿を表すと、分隊長の男に歩み寄って手早く応急手当てを始める。
だが、分隊長の男は抗いこそしなかったものの、怪しむように細めた半眼を、壮年の男へ向けて口を開く。
「そういうお前も見ねぇ顔だが……?」
「あぁ。俺は、バケモンに襲い掛かったせいで、こんな所にまで駆り出されてる、ただの愚か者だからな。ま、命があるだけ儲けモンってやつだ」
そんな分隊長の男に、壮年の男は肩を竦めて苦笑いを浮かべてみせると、鬼気迫る三人の戦いぶりへ視線を移したのだった。




