2223話 救う者、救われる者
テミスの号令に応じた一行は隊列を組みなおし、ネルードの町の外縁から中心へ向けて歩を進めていく。
街並みに変化が訪れるあたりに至るまで数度、テミスたちは野盗の襲撃を数度、『先生』の手の者と思われる化け物兵士の襲撃を数度受けた。
しかし、どちらも我先にと即応したコルカとサキュドが瞬く間に一蹴し、それが数度続いた頃には、壮年の兵士と共に歩む少女の目からは、完全に戦意が消え失せていた。
そして……。
「ようこそ。私たちの城へ」
ネルード中心街区に足を踏み入れた後、サンたちの案内に従ってテミスたちはアイシュたち反政府部隊の拠点へと辿り着いた。
そこでは、涼し気な笑顔を浮かべたアイシュが待ち構えていて。
部屋の真ん中に設えられた簡素な円卓には、途中で捉えた盗賊たちの分を含む温かなコーヒーが、仄かな香りと共に湯気を吐き出していた。
「クク……何でもお見通し……という訳か……」
「大して深い意味は無いですよ。あれだけ派手な立ち回りを演じて来られたのです。最初から隠れるつもりなど無かったのでしょう?」
「あぁ。こちらでも幾ばくか敵対戦力を削っておくかと考えたのだが……どうやら大した効果は無かったらしい。野盗は兎も角、あちらの軍勢の攻勢は散発的だった」
とはいえ、お陰でサキュドとコルカを、あの化け物たちとの戦いに慣らす事ができた訳だが……。と。
テミスは淡々と状況を共有した後、胸の内で言葉を付け加える。
如何にサキュドとコルカが戦力的に優れていようとも、首を落とそうとも向かって来るあの異形の兵士の異様さは、一度相対して見なければ正確には理解しがたい。
だからこそ、散発的に化け物兵士が襲撃を仕掛けて来てくれたことは、むしろテミスにとっては嬉しい誤算だった訳だが。
「十分過ぎる戦果ですよ。それに……」
「あぁ。何かに使えるかと思って拾ってきた。とはいえ、こちらの隙を見て反抗してくる恐れもある。監視の目は必要だろうがな」
「……冗談は止してくれ。あんなモン見せられて、アンタ等に逆らう気力が残るとでも思ってんのか……。たとえ追い込まれていたとしてもだ。仕留め損なったら後が怖い。だったら、助けるために力を使った方がずっとマシだ」
アイシュがチラリと壮年の男たちの方へと視線を向けると、クスリと不敵な笑顔を浮かべたテミスは、慈悲の欠片も無い説明を述べる。
その言葉に、壮年の男がぐったりと力の無い声で反論をするが、テミスが己の内の評価を改める事は無かった。
恐怖により勝ち得た忠誠は、真の忠誠などではない。
彼等が今、忠誠を誓っているのはテミス達自信ではなくテミス達の持つ力。故に恐怖の対象たる力が揺らいだ途端、忠誠は容易く飛んで消える。
「そんな事よりも戦況が聞きたい。みたところ、あまり芳しくはなさそうだが……」
「辛うじて踏ん張っている……といった所ですね。スイシュウからは聞いていますか?」
「…………」
壮年の男たちから視線を外したテミスが、躊躇う事無く本題へと斬り込むと、クスリと怪し気な微笑みを浮かべたアイシュが問いを返した。
瞬間。テミスは反射的に口を噤むと、チラリと視線を同席しているスイシュウの方へと走らせた。
テミスにとって、アイシュとスイシュウの関係は未知数。
仮に、アイシュにとってテミスが知るはずではない情報を既にテミスが知っていた場合、その責は全てスイシュウが被る羽目になるだろう。
故にテミスは即答する事ができず、口を噤む他無かったのだが……。
「うん。大丈夫。ボクの知っている事は全部話してあるよ」
「……それは重畳。義理堅いのは相変わらずのようですね?」
「フン……」
「ふふ……。戦況だけで言うのならば、ギリギリのところで維持しています」
穏やかな微笑みを浮かべたスイシュウがテミスの代わりに答えを返すと、アイシュは頷いた後、テミスへ視線を戻して言葉を続けた。
何処か揶揄うような色を含んだアイシュの言葉に、テミスはピクリと眉を跳ねさせながら小さく鼻を鳴らす。
だが、ニンマリと怪し気な微笑みこそ浮かべたものの、アイシュはそれ以上テミスに追撃を仕掛ける事は無く、逸れかけた話を本題へと戻した。
「勿体を付けるな。洗いざらい全てを吐け。でなければ、我々としてもお前達の背中は預れんし、我々の背も預けられん」
「っ……! 勿論。全てお話しますとも。戦況を維持するためにこちらは戦力の大部分を消耗。あと数日あなた達が来るのが遅ければ、全戦力を結集して都市部からの脱出を敢行しなければならない程でした」
「フム……」
淡々と告げたテミスの警告に、アイシュは驚いたように僅かに目を見開くと、即座に喜色を含んだ笑顔を浮かべ、テミスの要求に応じて口を開いた。
同時にアイシュは、息を吐いたテミスから素早くスイシュウへと視線を走らせるが、スイシュウはただ柔らかい笑顔を浮かべたまま肩を竦めてみせただけだった。
「ならばここは……一つ、士気を取り戻す所から始めるか」
そんなアイシュたちをよそに、テミスはニヤリと不敵な微笑みを浮かべると、パシリと握った拳で自らの掌を打ちながら嘯いてみせたのだった。




