2222話 軽薄者の深慮
壮年の男の手際は手際よく戦斧使いの女の手当てを済ませると、大きく息を吐いて、全身に籠っていた力を抜いた。
その手際の良さはテミスですら見惚れるほどで。
戦斧使いの女の応急処置が澄んだのは、五分と区切った時間の半分ほどが過ぎた頃だった。
「……あの男、なかなかできますね」
「あぁ。ただの野盗にしておくには惜しい腕だな」
さり気なく様子を窺っていたテミスの傍らにサキュドが歩み寄って囁くと、テミスは小さく頷きながら声を潜めて同意した。
無論。ファントで病院を構えるイルンジュの腕前には遠く及ばないものの、テミスたちの力量を推し量る事ができる程度には実力があり、応急手当という一芸を持つ壮年の男は、今この場においては得難い人材だった。
「良いじゃないの。彼」
「私としては、手土産代わりに邪魔者を払うだけのつもりだったのだがな。良い拾い物が出来て何よりだ」
「アタシから言わせればアレも臆病者ですし、他の連中も大した使い物になるとは思いませんが……」
「だ……そうだけれど、他の子たちはどうするつもりなんだい? それに……」
そこへスイシュウはふらりとさり気なく加わると、言葉を濁して視線をシズクが離れていった方向へと向ける。
軽薄なように見えて思慮深いスイシュウの事だ、あの男に随伴していた連中の事も考えてはいるのだろうが、同時に未だに戻らないシズクの心配もしているのだろう。
しかし、シズクに任せたあの一番喧しい男の実力を、テミスはひと目見ただけで十全に見抜いていた。
確かに戦いとは無縁の一般人に比べれば、あの喧しい男とて十二分に強いのだろう。
だが、偉そうに威張り散らしてこそいるものの、典型的な虎の威を借る狐という奴で。
相手の力量を見抜く目も無ければ、危機を察知して逃れる知恵も無く、万に一つとてシズクが後れを取るような相手ではない。
「オマケ連中は知らん。死ななければ肉の盾くらいにはなるだろう。それに……」
シズクならば心配ない。
テミスがそう言葉を紡ぎかけた時、スイシュウが視線を向けた先からぴょこりとシズクが一人で姿を現すと、軽い足取りでテミス達の元まで駆け戻ってくる。
「すみませんっ! お待たせしてしまったみたいで……」
「いや。問題無い。だが……随分とかかったな? 傷を負ってはいないようだが……」
ぱたぱたと駆け寄ったシズクの姿を検めたテミスは、傷どころか返り血一つ浴びてすらいないシズクの姿に首を傾げると、胸の内に沸いた疑問をそのまま口にした。
あの男とシズクの力量差ならば、テミスとサキュドが打ち合っている頃には既に、決着をつけて戻ってきていても不思議ではないはずだった。
だがテミスの予想よりも遥かに時間がかかったものの、シズクの姿から苦戦した様子は見受けられず、どうしようもない違和感があったのだ。
「はい。決着はすぐに付いたのですが、どうにも諦めの悪い人でして……。何度投降の勧告をしても聞き入れず、幾度打ち据えても立ち上がってきたので参りました」
「フム……? それで?」
「武人たる立派な死に様でしたよ。首を獲りはしましたが、不要かと思い御首までは持ってきませんでしたが……必要でしたか?」
「いいや不要だ。キッチリと始末をつけたのならば構わない」
「ともあれ僕としては、死人が少なくて何よりだよ。残念ながら、犠牲者は幾らか出てしまったようだけれどね」
淡々と応ずるテミスの問いに、シズクは事も無げに笑顔すら浮かべながら、喧しい男を討ち取ったと報告をする。
それを傍らで聞いていたスイシュウは、ただ一人緩やかに苦笑いを浮かべると、静かな瞳を応急手当に勤しむ壮年の男たちへと向けて言葉を紡いだ。
「悪いが、私は何処ぞのお人好しでは無いのでね。戦況にも余裕がない。敵対する奴に手間をかける趣味は持ち合わせていない」
「あぁ、御免よ。キミを非難した訳じゃないんだ。出来るだけ殺したくはないというだけで、どちらかというとボクでも同じ意見だしね。土壇場で裏切られちゃたまらないよ」
「クク……そういう意味では、ちょうど良い選定ではあったのやもしれんな」
溜息まじりに肩を竦めて己の言葉に応じたテミスに、スイシュウは壮年の男達の方へ向けていた視線を戻して微笑みを浮かべると、僅かに声を低くして言葉を付け加えた。
そういう意味では、一番率先してテミス達と敵対していた二人が死に、次に好戦的だった戦斧の女が重症であるのは、テミス達にとって非常に都合が良かった。
「それで? 時間稼ぎはもう十分だと思うが?」
「……何の事だい? ボクはただ、キミたちとお話をしに来ただけだよ?」
「フッ……まぁ良い。総員ッ! 隊列を組みなおせ!! そろそろ出発するぞッ!!」
スイシュウとの話がひと段落を見せた所で、テミスは息を吐いて意味深な瞳でスイシュウを見つめる。
時間は既に、壮年の男たちに宣言した五分を僅かとはいえ過ぎていた。
しかし、スイシュウは軽薄な調子で緩やかに肩を竦めてみせると、へらりと締まりのない微笑みを浮かべてみせる。
そんなスイシュウに、テミスはクスリと微笑みを浮かべてから、鋭い声で一行に号令をかけたのだった。




