21話 裁きの獣
テミスは振り払うように頭を振って思考を切り替える。悩むのは後で良い。今後がどうあれ、今はこの町を護らなくてはならないのだ。
耳を澄ますと町の至る所から、剣戟の音や上官に助けを求める悲鳴が聞こえてくる。サキュドが善戦しているのだろう。
「あれか……」
中心広場まで戻り、メインストリートを曲がるとファント町の門が見えてくる。同時に、恐らく敵陣なのだろう。テミスの記憶には無い運動会で張られているような形のテントが、その広い道の中心に我が物顔で張られていた。
「ただで済むと……思うなよッ」
テミスは憎々し気に呟くと、背中の大剣を抜き放ち、怒りを込めて地面を蹴り駆ける。陣に集結しつつある兵士たちが私に気付いて抜剣するが、そんなものは無意味だ。
「司令官は……カズトは何処だ!」
テミスが次々と迎撃に出てくる兵士たちを切り飛ばしながら、万感の怒りを込めて怒号を上げる。
「隊長ォ! ぐぎゃぁっ!」
テミスは警護兵を両断すると、テントのような臨時司令室の中まで一気に切り進み、一際壮年の兵士も切ろうと剣を振り下ろした。しかし突如、真横から若い兵士が飛び出して盾となり、彼を庇って真っ二つに両断される。
「……お前が、司令官か? カズトはどうした」
テミスは若い兵士に突き飛ばされて尻もちをついた男に、切っ先を向けながら静かに問いかける。その声は、自分の発するものとは思えない程冷ややかだった。
「貴様……何者――ぐあッ……」
こちらを睨みつけながら発した言葉に応えて、地面に大剣を突き刺し、男の太腿を浅く抉ってやる。
「答えろ。お前が、司令官か? ならば、カズトはどうした?」
「っ……そうだ、私がこの作戦の指揮官だ。がふァッ!」
「言葉が足りんな、カズトはどうしたと聞いている」
歯噛みしながらそう答えた指揮官の腹に、脚甲を纏ったテミスのつま先が勢い良く叩きこまれる。だんまりを決め込むわけではないようだが、肝心の問いに回答が無い。
テミスは男を冷たく見下ろすと、男の腹にめり込ませた脚甲に力を込めながら問いを繰り返した。
「グ……フ……ゥッ……カッ……カズト様なら、そこの民家に……」
「民家? 指揮を放り出してそんな所で何をして――」
テミスが数度問いを繰り返すと、苦悶に顔を歪めた指揮官が、街道沿いに建つひと際大きな民家を指差した。
テミスは首をかしげながら民家に視線を向けて理解する。
そこには、冒険者将校であるカズトに助けを求めに行くのだろう、必死の形相で中に駆け込む兵士と、その傍らに呆然とした顔で立ち尽くす、手を拘束された若い女性たちの姿があった。
「ハハハ……ククククッ。見下げ果てた屑だな。仕事を部下に押し付けて自分は女あさりとは……」
テミスはひとしきり笑い声をあげると、微かな喜びの感情と共に、ふつふつとこみ上げてくる怒りを自覚した。徹頭徹尾。ここまで純粋な畜生であるならば、何の心配もなく断罪できるというものだ。
「では、最後の質問だ。略奪や蹂躙を命じたのも貴様の案か?」
テミスはそう問いかけると、地面に突き刺した大剣を引き抜きながら、司令官の目を鋭く睨みつける。
「馬鹿な! 私が好き好んでそんな事を――」
「結構」
テミスは短く答えると、怒りに顔を赤くしていきり立つ司令官の首を落として黙らせる。指揮官を名乗ったこの男が命令を下したのでなければ、略奪はカズトの命令で行われたもので間違いないだろう。
「あの下種の考えそうな事だ」
「げ、下種はお前だろうっ!」
やれやれ、と首を振って呟いたテミスに、囲んでいた輪の中から兵士が一人、踊り出て切っ先を向け叫び声を上げる。
「隊長はお前の質問に答えていた! 答えろ、なぜ殺した!」
怒りの叫びをあげる兵士に共感したのか、次々と輪の中から抜剣する音が聞こえてくる。
「魔王軍である私が、人間を殺すのに理由など要るまい?」
テミスは感情の無い声でそう返すと、ゆらりと体を揺らしながら兵士の方を向き直る。
「それに、例え上官の命令であろうとも、それが間違っているのならば諫めるのが部下の役目だ。それを放棄してこの地獄を作り上げたのだ。苦しみ無く殺してもらえただけ感謝して貰いたいな」
「下劣な獣めっ! やはり魔族には情も無いのか!」
雄叫びを上げ、大上段に切りかかってくる兵士の剣を、テミスは派手な音と共に逆手に持った大剣であえて受ける。兵士の持つ剣から火花が散り、つばぜり合いの形で拮抗した。
「お前達人間は、いつでもそうだ。自らが受けた傷だけには敏感で、自分がしてきたことも忘れて、被害者だと醜く喚き散らす」
テミスは言葉を止めて一拍を置き、目の前の兵士に叩き付けるように、感情のままに怒りを吐き出した。
「この町を見ろ! 貴様らが大義と称して破壊し、蹂躙した町を! 貴様らこそ、情は無いのかッ!」
「黙れ悪魔め! お前らさえ居なければッ」
「そうだ! お前達魔族がこの町をこうしたんだ!」
間近で怒鳴られ、気圧されて黙り込む兵士の周囲から、無責任な怒号が飛び、大きなうねりとなってテミスに押し寄せる。テミスの頭の中で何かが弾け、噛み締めた歯がメキメキと音を立てた。この瞬間に自分の中にあった何かが、音を立てて砕け散ったような気がした。
「うわっ!」
目の前の兵士が叫び声をあげ、後ずさる。テミスの剣が突如として動き、彼の持つ剣を弾き飛ばしたのだ。
「月光斬」
テミスは目の前の兵士を避けるように、周囲の兵士に向けて斬撃を放つ。大剣から放たれた斬撃はまるで、森に墜落する航空機になぎ倒される木々の如く、射程圏内に居た兵士たちを胴切りにして薙ぎ払った。
次の瞬間。怒号が止み、運良く残った兵士たちが悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように、口々にカズトの名を叫びながら逃げていった。
「ぐっ、うううっ……」
テミスが足元の声に見下ろすと、先ほどまで鍔迫り合いを演じていた兵士が、震えながら尻もちをついてこちらを睨んでいた。
「お前、撤退命令を出せ。そうすればお前だけは助けてやる」
脇に転がる司令官の遺体を顎でしゃくりながら、冷たく言い放つと。兵士は何度も頷きながら弾けるように司令官の遺体を漁りはじめる。
「フン、我ながら、悪魔のソレだな」
視界の端で動く小さな影を確認し、ため息を吐いて凄惨な状態のメインストリートを眺める。まるで赤いカーペットでも敷いたかのようにまっすぐ広がる血だまりに、真っ二つになった肉塊が所々に装飾を加えている。
「で、できました!」
人間式の敬礼なのだろうか。警察敬礼のような格好で、先ほどの兵士がテミスへと報告する。
「そうか、では好きにしろ」
「あ、ありがとうございます!」
テミスが告げると、媚びるような笑顔を浮かべていた兵士の顔が輝き、一目散に町の外へと走り去ろうとして、どこからともなく飛来した白く輝く光に貫かれて消える。
「敵前逃亡は死罪。当り前だよなぁ?」
同時に、横合いから聞き覚えのある憎たらしい声が響いた。
8/13 誤字修正しました
2020/11/23 誤字修正しました




