2217話 勇ある者、勇なき者
ネルード外縁部に差し掛かって尚、テミスたちがその歩調を緩める事は無く、蒼空に翻る三枚の旗が、堂々と進んでいく。
一番上に掲げられた一枚は、スイシュウが持ち込んだネルードの部隊である事を示す軍旗。
二番目に掲げられたのは、テミスたちが自身の所属を示す黒銀騎団の軍旗。
そして三番目に掲げられているのは、ロンヴァルディアの協調を示す白翼騎士団の軍旗だった。
この旗が意味するところは、テミスたちが敵ではなく、ネルードの友軍である事を示す証で。
今もネルードで奮闘しているであろうアイシュへのメッセージでもあった。
「サキュド。コルカ。周辺警戒。怠るなよ? 応撃で仕留めろ」
「了解ッ!」
「はあい」
まばらに立ち並び始めた建物を一瞥したテミスは、ぶっきらぼうにただ一言指示を出すと、悠然とその長い銀髪を翻して歩み続ける。
だが、スイシュウを除く同行しているサンたちネルードの面々は気が気ではないらしく、しきりに周囲へ視線を走らせては、怯え切った小動物のように身を震わせて居た。
「ハァ……やれやれ。何だ? その体たらくは。情けない。お前達がその調子では、我々まで舐められるではないか」
「だ……だって……! そうは言ってもよぉッ!」
「お前達は、あの化け物共を前にしてなお立ち上がった勇士なのだろう? それが今更、たかだか野盗如きに怯えるな」
「たかだか野盗とはいうけど、連中は元々凄腕の賞金稼ぎだッ! そんじょそこいらの野盗とは比べ物にならねぇッ!」
先頭を歩むサキュドに続くテミスが、呆れた顔で肩越しにサン達を振り返って、言葉をかける。
無論。兵士とはいえサンはネルードの正規兵ですらなく、聞けば大盾持ちの二人以外は治安維持兵出身だという。
そんな彼等にとっては確かに、実戦経験の豊富な元賞金稼ぎは脅威なのだろう。
だが、テミス達に守られている今、その怯えはテミス達黒銀騎団に対する侮りと同義で。
彼等の気持ちを代表して語るさんの言葉に、再びため息を漏らしたテミスは目配せをすると、それを受けたコルカが小さく頷きを返す。
「ハハハッ! 敵を侮らん姿勢は立派だが、お前達は少しばかり慎重に過ぎるな? 民を守る為に化け物共と相対するお前達と、尻尾を撒いて逃げ出し、弱い者を襲って食らう臆病者の雑魚共など、比べるまでも無かろうッ!!」
「ッ……!! ばッ……!! そんな大声出したらッ……!!」
「ただの事実だ。賞金稼ぎ……いいや、元人狩りとはいえ、勝てる相手を選んで戦うだけの雑魚狩りだ。過大が過ぎる評価に違いはないとも」
「アンタは……!! 何がしたいんだッ!!! 死にたいのかッ!!」
コルカに合図を送ったあと、周囲に響き渡るほどの大声で話し始めたテミスに、サンたちは顔を青くして焦りを露にし、テミスを止めるべく必死の形相で訴えかけた。
しかし、テミスが声を抑える事は無く、朗々とこの街区に潜んでいるであろう元賞金稼ぎたちを煽り立てるように言葉を続け、目を剥いたサンが暴走するテミスを止めるべく手を伸ばした時だった。
出し抜けに空を切る音が響き、一本の矢が鋭くテミスの後頭部へ向けて飛来する。
だが……。
「そらきた。コルカ」
「あいよッ!!」
瞬時に腕を閃かせたテミスは、自身に向けて放たれた矢をバシリと空中で掴み取って止めると、事も無げに短くコルカに指示を出す。
それを受けた頃には既に、コルカは自身に指示が下る事を知っていたかのように、杖を構えて魔法を放つ寸前の体制で。
テミスが指示を告げ終わると同時に、小さな火球が放たれる。
「なぁっ……!? はッ……? ぎゃッ……!?」
火球が放たれてから一呼吸おいた後。
傍らの建物の屋根の上へと火球が消えた方向から、小さな爆発音と共に悲鳴がテミス達の元まで響き聞こえてきた。
「そら……雁首を揃えて、棄てた筈の誇りを傷付けられた馬鹿共がやってきたぞ?」
「あっ……ぁっ……ぁぁっ……!!」
ニンマリと不敵な笑みを浮かべたテミスが、受け止めら矢をへし折りながら言葉を紡ぐ。
すると、まるで示し合わせたかのように、剣や槍などの武装を整えた野盗たちがテミス達の行く手を阻むように立ちはだかり、同時に周囲の建物の上からは一斉に弓の弦を引き絞る音が響き渡った。
「っ……! こんなに……。一応聞くけれど、手伝った方が良いかい?」
「クス……不要だ。お前達が今、誰に守られているのかを見せ付けてやろう」
姿を現した敵に、サンたちネルードの兵士達は恐怖に震えあがりながらも、それぞれに己の武器へと手を閃かせて身構えている。
その傍らから、ひょこりとテミスの側に歩み寄ったスイシュウが小声で問いかけるが、テミスは悠然とその申し出を断ってみせた。
「頼もしいね。じゃあ、ボクは特等席でのんびりと楽しませて貰おうかな」
そんなテミスに、スイシュウはゆったりと余裕のある微笑みを浮かべると、ゆらりと身を翻してのんびりとした口調で言葉を返したのだった。




