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セイギの味方の狂騒曲~正義信者少女の異世界転生ブラッドライフ~  作者: 棗雪
第6章

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209話 牙を剥く悪意

 数日後。ラズール平原人間領側。

 ルギウスとシャーロットは、完全武装した人間の兵で作られた道を馬で歩いていた。


「ルギウス様……」

「ああ。ここまで警戒が露骨だと……少し辟易とするね」


 小声で呟いたシャーロットに、ルギウスは小さくため息を吐きながら応えた。

 周囲には見渡す限りの兵士が配置され、自分達はその間に開けられた道を、設えられた天幕へ向かってひたすらに歩まされている。


「……準備は、しているね?」

「はい。万全に」


 ボソリと確認をしたルギウスに、緊張した面持ちのシャーロットがコクリと頷いた。

 今回の和平交渉には、魔族である僕たちは武器を持ち込む事ができない。人間達からしてみれば、確かに魔族は肉体的に優れている……それゆえの条件なのだろうが、いくら魔族と言えどもこの数の武装兵を相手に丸腰では、戦って勝つことは不可能だろう。


「なら良いよ。気楽……とはいかないけれど、気を引き締めて行こうか」

「はい。ルギウス様」


 ルギウスはシャーロットに柔かな笑顔を向けると、人間達の用意した天幕へ向って歩を進めていく。


「っ……」


 その姿を、大勢の兵士の中から食い入るように見つめる一団が居た。

 豪奢な金属鎧で身を固めた兵士たちとは異なり、その一団は簡素な革鎧で身を包んだ冒険者の軍勢の中に身を潜めていた。


「行きましたね……」

「あぁ……」


 カチャリ……。と。ボロ布のような外套の下から金属音を響かせながら、二人の男が小さく頷き合う。


「あとは、仕掛けてくるのを待つだけ……か」

「シッ……無駄口は寿命を縮めます」

「っ……すまない」


 長身の男……カルヴァスが物憂げに呟くと、その横からミュルクが小さく、しかし鋭い言葉でそれを諫める。

 この和平交渉に裏があるのは、ここに居る誰もが知っている事だ。まさか、冒険者部隊まで登用していたのは予想外だったが、急造の部隊は潜り込める隙にもなった。しかし、魔王軍軍団長の一人・ルギウス誅殺作戦の裏に、まだ幾つもの謀が蠢いている事を知っているのは、自分達白翼騎士団だけなのだ。


「タイミングが要です。今はただ伏せて……その時を待ちましょう」


 ぼそぼそと。仮に他の者に聞かれても問題ない言葉を選んでミュルクがそう告げた後、小さく頷き合った彼等は再び黙して天幕へと視線を移した。


「この度は、よくぞ講和のお話を受けて下さりました」


 その天幕の中では、人間側の兵に馬を預けたルギウス達が、恰幅の良い男と向かい合っていた。


「いえ……平和を望む者としては願っても無い話……。こうして馳せ参じるのは当然の事でしょう」

「して……そちらは? てっきり、お一人でいらっしゃるかと思ったのですが……」

「っ……」


 笑顔を湛えたルギウスとの会話を打ち切り、男の視線がシャーロットへと注がれる。まるで値踏みをするかの如く、全身を舐め回すその視線に、シャーロットは微かに身を捩ってルギウスの背に身を隠した。


「こちらは私の副官のシャーロット。講和を結んだ後は、彼女が応対する事もあろうかと思いまして。紹介も兼ねて連れて参った次第です」

「ほうほう……いや構いませんよ。ルギウス軍団長がこのお話に前向きなようで何よりだ……それに、こんなに美しいのであれば尚更に……ね……」

「……それで。……あ~。なんとお呼びすれば?」


 未だに粘着質な視線をシャーロットに投げかける男にルギウスは眉を顰めると、話を先に進めるべく一歩前に歩み出て先を促した。

 同時に、チラリと周囲に視線を走らせると、天幕の中に配置された兵士達の意識が自らに集中している事を確認する。


「これは失礼。私はマーヌエル。このラズール方面軍の全指揮を預かっております」

「魔王軍第五軍団軍団長、ルギウスです。早速ですが、具体的なお話をお聞きしても?」

「ハハハ。ルギウス殿は気が急いている様子……平和を目の前にして焦る気持ちも重々にお察ししますが、まずは以前にお伝えした日程を遅らせてしまった事を謝罪させてください」


 のらりくらり。と。マーヌエルはその脂ぎった顔に笑みを張り付けながら、ルギウスに向けて頭を下げた。


「いえ……これだけの大規模な軍勢の移動……手間取るのは理解できます。しかし、まさか講和の警護兵にこれ程までの兵力を割かれるとは思いませんでしたが」

「……我々の中でも様々な声がありましてな。恥ずかしながら、此度の講和に異を唱える者も居るのです」


 目を細めたルギウスが皮肉を混ぜて探りを入れると、顔を上げたマーヌエルは深いため息と共に頭を振ってそう答えた。

 下らない芝居だな……。と。その姿を眺めながら、ルギウスは心の中でため息を吐いた。

 フリーディアの情報と大軍を集めた様子からして、彼女の言う通りほぼ確実に罠だと察してはいたが、この男を前にしてそれは確信に変わった。天幕の内側に配置された兵達は、何かを待つかのように自分を注視しているし、目の前のマーヌエルという男も、肝心の講和の話題に触れようともせず、ただ無駄な話で場を繋いでいるだけ……。どうせ今頃、この天幕の外では、退路を断った兵達が僕たちを討つなり捕らえるなりをする為に準備をしている事だろう。


「残念なお話です。ですが、我々の築く平和を以て、その方々をも賛同させなければなりませんね」

「えぇ……その通り」


 ゆらり。と。マーヌエルは言葉と共に立ち上がると、ニヤニヤとした笑みを浮かべて言葉を続けた。


「彼等は感謝する事でしょうな。魔王軍の軍団長と副官を、これ程までに簡単に墜とした我々にね」

「っ――! シャルッ!」

「はいっ!」


 マーヌエルが片手を挙げた刹那、荒々しい音を立てながらルギウス達を取り囲んでいた兵士が武器を構える。

 同時に、それを予見していたルギウスはシャーロットの隣へと身を翻すと、鋭くその名を呼んだ。すると、ルギウスが飛び込むと同時にその周囲を薄青色に輝く防壁が包み込む。


「おやおや……残念だ。まさか、戦うおつもりがあったとは。これでは、平和など訪れる筈もない」

「戯言をッ……」


 シャーロットの発動させた防壁の中で、ルギウスはマーヌエルを睨み付けると忌々し気に吐き捨てた。状況は最悪に近いが、シャーロットが防壁を展開した事で状況は伝わったはず……。あとは、本隊が到着するまで持ち堪えるか……テミスに期待するしかない。


「時間の無駄はやめませんか? 魔王軍が周囲に居ない事はわかっています。いくら副官殿が優秀でもお仲間が異変に気付き、駆け付けるまでその防壁が持つとは思いませんがねぇ」

「さあな……? やってみなくてはわからないさ」

「やれやれ。降伏するのならば、多少の温情を与えても良いかと思っていましたが……」


 不敵な笑みを浮かべたルギウスがそう返すと、マーヌエルは大げさにため息を吐いてルギウス達に背を向ける。


「残念です。次に会うには拷問室――」


 勝ち誇った笑みを浮かべ、振り返ったマーヌエルがそう告げた時だった。


 ポトリ。と。大きな雨粒でも落ちてきたような音が響いた瞬間。

 ルギウス達を覆ってた天幕が、まるで油でも仕込んでいたかのように一気に燃え上がったのだった。

2020/11/23 誤字修正しました

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