2209話 怒りの矛先
テミスが街道の真ん中に仁王立って待ち構えてから僅か五分足らずで、テルルの村へと向かう一団は、テミスの真正面へと姿を現した。
ネルードの軍服らしき装備に身を包んだ男が五人。しかし、甲冑を着込んでいる者は居らず、最前を進む最も重装な二人が大きな盾を携えている。
「止まれ」
ここまでの道程が余程過酷だったのか、男たちは不規則な足音を響かせていたものの、凛と響いたテミスの声で一斉に足を止める。
ひとまず、言葉は通じる。自身の言葉に反応したことで、テミスは胸の内で密かにそう呟くと、油断なく男たちを睨み付けて言葉を続けた。
「所属と目的を明かせ。お前達は何者で、何をしにここへ来た」
「ッ……!!」
「…………」
だが、男たちがテミスの問いに答えを返す事は無く、最前に立つ盾を携えた二人の兵はガシャリと盾を構えると、その裏側から警戒に満ちた視線をテミスへ向ける。
しかし、言葉を交わす余地すらないほど強硬的な態度ではあったものの、盾を構えた兵達の方から攻撃を仕掛けてくる事は無く、無言の膠着状態が続いた。
「……こちらに近付くなり、厄介な化け物共に襲われてな。こちらも警戒を解く訳にはいかん。悪いが、このままだんまりを続けるのならば、力付くで拘束させて貰うぞ」
「その口ぶり。ただの野盗やあいつ等の仲間って訳じゃあ無さそうだが……」
このままでは埒が明かないと判断したテミスは、大剣を握る手に力を籠めると、駄目で元々だと腹をくくりながら問いを重ねる。
けれどテミスの予想に反して、盾を構える二人の背後から一人の男が歩み出ると、聞き覚えのある声で言葉を紡ぐ。
「アンタこそ何者だ? こんな所で何をしている?」
問いと共に前に進み出た男は、身に纏った服装こそ異なるものの、以前にテミス達を匿っていた反政府組織のリーダーであるサンその人で。
予想だにしていなかった再会に、テミスは胸中の驚きを隠しながら音も無く目を見開くと、大剣の柄を握り締めていた手にさらに力を籠める。
「フッ……そうだな。こうなった以上、自己紹介から始めねばな。サキュドッ!!」
「はぁいっ……!」
「ッ……!?」
敵対するか否かはさておき、ひとまず問答無用に刃を交えるような相手ではない。
サンの存在でそれを確信したテミスは、上空に身を潜めるサキュドを呼び寄せると、即座に呼集に応じたサキュドがスタリとテミスの傍らに着地する。
当然。相対するサンたちは驚きと警戒に身を固くするが、サキュドはただクスリと微笑んだだけに留まった。
「黒銀騎団団長のテミスと、副官のサキュドだ。ネルード治安維持隊のスイシュウの救援要請を受けてここに居る」
「なッ……!? あ……アンタはッ……!!!」
「あぁ、私だ。あの時は本当の名を名乗れなくて済まなかった。こちらにも事情があったのでな」
頼りの無い薄い光の中へと進み出たテミスが名乗りを上げると、警戒の色を帯びていたサンの表情が驚愕へと変わる。
一方で、サンの背後で身構える兵士たちの態度は、サキュドが姿を現したことで一層警戒を露にしており、場には一触触発の緊張感が漂っていた。
「ッ……!!! そうかよッ……!! アイシュ様から聞いてはいたが、アンタが本当にそうだったなんてな……」
「…………」
カラン。と。
サンは手に携えていた唯一の明りであるランタンを落とすと、そのまま何かを堪えるかのように力の籠った声色で言葉を紡ぎながら、つかつかとテミスへ歩み寄る。
それに応じたサキュドが、ゆらりと一歩前へと進み出かけるが、先んじてテミスが身振りでそれを制し、サンはテミスの眼前でピタリと足を止めた。
「ッ……!!! アンタがッ……!!! アンタが来なければッ……!!!」
「……少なくとも、今の状態になる事は無かっただろうな」
「グッ……!! まるで他人事のようにッ!!!」
「事実。他人事だからな。私からしてみれば、完全な敵として攻め入るか、救援要請を受けて攻め入るかの違いでしか無いからな」
「ふざけるな……ッ!!!」
「ッ……!!」
「良い。動くな。私が指示をするまではな」
顔を歪めたサンは、真正面からテミスを睨み付けて叫ぶと、その勢いのままテミスの胸倉を掴み上げる。
瞬間。
テミスの傍らと背後から同時に、サキュドとシズクが動く気配を察知したテミスは、静かな声で淡々と制止した。
「町はめちゃくちゃだッ……!! 人も大勢死んだッ……!! なのに……なのにアンタはァッ……!!!」
「敵国に事情など知った事か。元より、一方的に我々を敵視して喧嘩を吹っかけてきたのはお前達だ。救援に来てやってまで誹りを受ける謂れは無いが?」
怒りに燃えるサンを前に、テミスは冷ややかな瞳を向けて淡々と言葉を紡ぐ。
サンの怒りは尤もではあるが、それを向ける先が致命的に間違っている。
本来ならば怒りを向ける先は、戦いの道を選んだヴェネルティ……ひいては悍ましき研究に手を染めてまで戦いを望んだ『先生』のはず。
とはいえ、それらの『敵』はサンにとって途方もなく巨大で、到底手の届く存在ではない。
だからこそ、こうして目の前に姿を現したテミスというわかりやすい『敵』に、煮え滾る怒りをぶつけているのだろうが……。
「っ……!! 構えろよ。勝負だ」
「ホゥ……?」
僅かな沈黙の後。
サンはテミスの胸倉をつかんでいた手を離すと、数歩後ろに退いてから一対の短剣を抜き放って告げる。
そんなサンの堂々たる宣言に、テミスはニヤリと不敵な微笑みを浮かべたのだった。




