208話 黒き戦術
「それでは術式の複合に齟齬が生じてしまうかと……」
「フムゥ……面倒なものだな……魔術と言うヤツは」
薄暗い部屋の中で、カチャカチャという音を立てながら、武具屋……コルドニコフの手がパーツを組み立てる。しかし、その手が止まってしばらく経つと、コルドニコフは首を振りながら組み上げたパーツを元のバラの状態に戻してしまった。
「そもそも無茶ですよ……複数の術式を同時展開・保持したまま、その指揮だけを統合させるなんて……」
「だが、理論上は可能なのだろう?」
「そりゃそうですが……」
フリーディアに時間稼ぎを任せたテミスは、ヴァルミンツヘイムに着くや否や、武具屋に籠り、かれこれ10時間ほど作業を続けていた。
その視線の先にあるのは、今もテミスの懐に収められている秘匿武器・イチイバルをそのまま巨大化させたような物体が鎮座している。
「あと一歩なんだがな……と言うか、聞いていないぞ? コレは私の秘匿武器なのではなかったのか?」
「も、もちろんでさぁ……! その証拠に、ギルティア様すらコイツの事は知りません。ただその……」
「ただ、その?」
テミスの視線が抗議をするかのようにじろりと睨めつけると、コルドニコフは虚空へ視線を彷徨わせながら言葉を濁す。
敵に囲まれたルギウスを、超遠距離から救い出す。そんな無理難題を解決するため、自らの切り札を作らせた武具屋を訪れたテミスを待っていたのは、嬉しい誤算と驚きだった。
何故なら、そこには既に求めていた武器……遠距離攻撃武器の姿があったのだから。
「いえ。神代の時代の武器ですよ? 一介の武具屋として、これ程にまで探求心をそそられるものがありましょうか?」
「やれやれ……私はトンデモない奴に要らん知識を吹き込んでしまったらしいな」
テミスは微笑みを漏らしながらそう呟くと、鈍く光を放つ部品から目を逸らして背を伸ばす。すると、ずっと座りっぱなしで固まっていた筋肉がまるで音を立てて歓喜しているかのように軽くなり、絞り出された血流が凝り固まっていた肩を多少なりとも柔らかくほぐす。
「そりゃ、総当たりでやれば繋ぐことはできるかもしれませんが……それこそ神の奇跡でも起こらない限り、あと数時間で完成させるのは不可能です」
「ハッ……ならば絶対に完成する事は無いだろうな……。神とやらが魔の王と手を組む私に加護を与えるとは思えん」
「……ですから、申し上げたじゃありませんか……。観測手を置くべきだ……と」
「それでは意味が無い……意味が無いんだよ……」
互いに煮詰まった苛立ちをぶつけ合いながら、テミスは大きくため息を吐いた。
そう。このままではこのライフルはただの大砲。ルギウスと敵を判別して撃ち抜く精密射撃など夢のまた夢なのだ。
銃自身はテミスの予想を上回るほどに完成している。イチイバルのように鉛の弾を射出するのではなく、コイツが打ち出すのは魔法そのもの。魔力を集積させるための特殊な弾丸こそ必要にはなるが、物理法則の外にある魔力を打ち出す事ができるのなら、その程度の経費などお釣りが山のように押し寄せる。
「どうにか……どうにか考えねば……観測手の視界を私の元へ……」
ガシガシと頭を掻き毟りながら、テミスはタシタシと軍靴で床を叩く。
そろそろ息抜きにでも新鮮な空気を吸いたいが、時間がひっ迫しているこの状況で、武器が完成していないのにも関わらず、休んでいる暇など無いのだ。
そう。物理法則を無視し、風の計算や重力の影響、更には距離による着弾時間のズレをも考慮しなくて良いこの夢の兵器には、決定的な欠陥があった。
それは目……即ち、スコープにあたる物が存在しないのだ。
魔導が発達したこの世界には、少なくともテミスの知る限りでは、スコープ等という精密機器は存在しなかった。唯一代替品として挙げられた遠見眼鏡でさえ、たかだか数十メートルという短すぎる射程に愛想を尽かされ、今や工房の端に打ち捨てられている。
「テミス様ぁ~。無茶して繋げるなんて無理ですってば。そもそもコイツはまだ試作品……索敵と弾着と攻撃……一つで全部をこなす事なんて到底不可能でさぁ……」
「んっ……? コルドニコフ……今、何と言った?」
弱音と共に吐き出されたコルドニコフの不満に、テミスがピクリと眉を動かす。
何のことはないただの愚痴のはずだが……今私は、何に引っかかったんだ?
「えっ……? ですから、コイツ一つで全部の役割を――」
「違う! その間だ!」
「はっ……? 前って……何て言ってましたっけ?」
「ふざけるな! 自分の口が発した言葉だろうが! それくらい記憶しておけ!」
テミスはコルドニコフを怒鳴り付けると、同時に自らの脳もフル稼働させる。
全く理不尽極まりない話ではあるが、ルギウスの命……否、この世界の行く末すら掛かっているのだから、若干は許容して貰いたい所である。
「そうか……あくまでこれはこの世界の物……。狙撃銃ではないのだ。ならば一度、集約していた役割をバラして考え――」
ブツブツと口の中でテミスが呟いた瞬間。その脳裏に、溢れんばかりの光が満たすかの如き発想が舞い降りた。
そうだ。要は発想の転換。そもそも、魔術なんて言うトンデモ技術が成立している世界なのだ。狙撃銃も、この世界なりの作りというものがある。
「閃いた……閃いたぞコルドニコフ……ッ!」
「は……はぁ……」
テミスが目を爛々と輝かせ、その顔に歓喜を湛えながらコルドニコフの方を向き直る。しかし、先ほど理不尽に怒鳴られた事が尾を引いているのか、どこか不貞腐れたような表情でコルドニコフは生返事を返した。
「一つ確認だ。コルドニコフ……遠見の魔法で、遠見の魔法を視る事はできるか?」
「えっ……? だ、どういう事ですかい?」
「だから、別の術者が遠見の魔法で視ている光景を覗き見る事はできるかと訊いているんだ!」
「視野共有の事ですかい? そりゃ、できるでしょうが意味なんて……」
テミスの問いに答えたコルドニコフの言葉が、尻すぼみに中空へと消えていき、入れ替わるように驚愕の表情がその顔へ注がれていく。
そう。打ち出すのが魔法なんてシロモノである以上、スコープに照準なんて機能は必要無いのだ。照準なんて物は、一度放てば自らの意志でその軌道を歪める事すら出来ない欠陥品を補う技術。そんな物を付けるくらいならば、誘導ミサイルのように、弾自体を操ってしまえばいい。
「っ……ですが、それでも扱いは難しいかと。視野共有をする為の遠見の魔法に加え、一発の弾への魔力消費が格段に上がっちまいます。そんな状況で、術式の並列起動までするなんて、いくらテミス様でも……」
「フッ……問題ない。物理的に、魔術的に可能ならばやり通して見せるまでだ」
「っ――! む、無茶をいうお方だ……。それなら、こちらも応えなきゃ技術屋の名が廃るッ!」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべたテミスが事も無げに言い放つと、呆れたような笑みを浮かべたコルドニコフは、それに応じるかのように呆れをやる気へと置換した。
確かに馬鹿げた話だ。視野共有を連ねた人為的で応急的な超遠距離観測と、敵を屠る威力の攻撃魔法を展開しながら、その誘導まで行うなんて、恐ろしいまでの集中力が必要だ。
だが、逆に言えば。神をも恐れぬ集中力さえあれば、理論的には可能なのだ。そして、目の前にいるのは、常識と言うものをことごとく破壊せしめた戦神の如き軍団長……。勝率が低い訳が無いッ!
「……どれくらいかかる?」
その瞳に満ち溢れんばかりの情熱を迸らせるコルドニコフにテミスが問いかけると、既に作業を始めたコルドニコフはその手を一切止める事無く口を開いた。
「一時間です。一時間で十全に仕上げて見せましょう」
「任せた。弾もありったけだ」
「了解でさぁッ!」
一言。ある種の信頼が込められた言葉と共にテミスは注文を加えると、その顔に不敵な笑みを湛えて、一人焦がれ待つマグヌスの元へと足を向けたのだった。




