2199話 困難の旅路
フリーディア達と別れて隠れ港へと移動したテミスは、即座に先に到着していたサキュドやシズク達を集結させ、戦略会議を始めた。
とはいえ、隠れ港には指揮所と定められた天幕も無く、手狭で雑多な荷物が積み上げられた港の片隅で、机代わりの木箱を囲んでいるだけなのだが。
「ここからは時間との勝負だ。こちらの勝利条件は、敵がフリーディア達を沈める前に『先生』を討ち取る事。正直、我々の力を以てしても五分以下……苦しい戦いになる筈だ」
改めて情報を整理したテミスは、鋭い視線で一同を見据えた後、重たい口調で口を開いた。
その身には既に、白翼騎士団の制服は纏っておらず、テミス本来の黒銀騎団の制服で身を固めていた。
「スイシュウ。改めてで悪いが、お前の見た敵艦艇の情報共有を頼む」
「ん……了解。速力は並の船より遥かに速い。ボクたちが乗ってきたあの船で、ギリギリ振り切る事ができたくらいさ。けれど、ボクたちの船は小回りが全く利かないってのに、連中は小型船並みの機動力を誇っていたよ」
「ロロニア。専門家として何か意見はあるか?」
「こんな場でなかったら、あり得ねぇ与太話だって笑い飛ばしてた所だ。おっさんの船は一通り見せて貰ったが、あの船の最高速ですらギリギリ振り切れるような速度で小回りを利かせりゃ、一発でひっくり返って船体はバラバラだ」
「……ならば艦艇として見るよりは、超高速で泳ぐ化け物とでも認識を改めた方が良さそうだな」
テミスに水を向けられたスイシュウが、遭遇した化け物艦艇の詳細を語り聞かせると、その場にいる誰もが苦虫を噛み潰したような顔で黙り込んだ。
船の事を良く知るロロニアに言われずとも、超高速で急な舵を切れば船が転覆するのはものの道理だし、そもそも船体を構成する素材が強烈な遠心力に耐え切れないだろう。
だがそれらの道理を無視出来る時点で、艦艇性能としては圧倒的な不利を強いられているという事になる。
「更に、人影もなくひとりでに砲身が動き、砲撃を放ってきた……と」
「そ。更に砲身が勝手に弾を装填して、とんでもない装填速度で次の弾を撃ってきたんだ。あ~……一応言っておくけれど、僕の頭は正常だよ? 確かに見てきたけれど、いまだに信じたくないもの」
「そんな連中がうじゃうじゃ居る……と。ねぇテミス様? 今からでも黒銀騎団の部隊を集結させませんこと? 流石にアタシとコルカの二人がかりでも、捌き切れませんわ?」
「却下だ。魔族を大勢引き連れて合流したのでは、合流先の反抗部隊に攻撃される恐れがある。シズクとお前達だけで精一杯だ」
惨々たる現状に、サキュドは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、傍らのテミスを見上げて真面目な声色で進言した。
普段のサキュドであれば、茶化すなり自分が鎧袖一触にしてくれると意気込む場面なのだろうが、こうも戦力差が開いていてはそんな暇は無いらしい。
「……そんなに足が速いってんなら、龍星炎弾もまず当たらないだろうね。ありゃあどっちかってぇと、威力と範囲に特化した魔法だからなぁ……」
「速射性を重視した魔法はあるか?」
「そりゃ……あるにはあるけど……。敵の固さはどんなモンなんだい? 速さを重視した分威力は落ちるから、戦艦を沈めるみたいなことは無理だよ」
「フゥム……」
一同は思い思いに意見を述べるが、確実に敵の部隊を退ける事ができる策が出てくる事は無く、それぞれの唸り声が場を支配した。
仮に月光斬で正面の敵を打ち払って開いた血路に飛び込んだ所で、周囲を囲まれてしまえば為す術もなく沈むしかないだろう。
問題の敵の機動力に対する対策が無ければ、ノルとリコをロンヴァルディとの連絡役として連れて行くどころか、そもそもテミス達がネルードに辿り着く事すら不可能だ。
かといってダラダラと手をこまねいていれば、それらの戦力と真っ向から相対しなくてはならないというのだから質が悪い。
「……聞いても良いか」
「何だ?」
一同が突破口を求めて考えを巡らせている中。
静かに手を挙げたロロニアが、テミスに視線を向けて口を開いた。
「前の戦いでアンタが見せたものすげぇ斬撃。飛ぶヤツだ。アレはアンタ一人で何発までなら続けて打てる?」
「っ……! 間断なくという意味の問いならば二発が限度。数秒程度の収束時間を許容できるのなら、三発といった所か」
ロロニアの率直な問いに、テミスは少し考えを巡らせてから、ゆっくりとした口調で答えを返す。
月光斬という括りで言うのならば、テミスは体力の続く限り幾らでも撃つ事は出来る。
だが、先の戦いで見せた艦隊を丸ごと叩き斬るほど巨大な一撃は、膨大な魔力と闘気の収束が必要になり、たとえ能力を使ったとしても、連続して放つことは難しいだろう。
「そうか……なら、賭けにはなるが一つ策がある」
「聞かせて貰おう」
テミスの答えを聞いたロロニアは、チラリと自らの船へと視線を向けた後、ガシガシと頭を掻きむしりながら、溜息まじりにそう続けた。
そんなロロニアに、テミスは迷う事なくコクリと頷くと、先を促してみせたのだった。




