2192話 正直者の使い方
天幕に軟禁されてからの数日間も、テミスの元にはシズクよって逐一、黒銀騎団の面々が収集した情報が伝えられていた。
曰く。グレイル率いる王宮近衛隊の人数は、指揮官であるグレイルを含めて二十余名ほどで。
内密に接触したユナリアスからの情報によれば、その殆どが書類仕事を捌く事ができる高位貴族に類する連中らしい。
とはいえ、完全な文官という訳ではなく、白翼騎士団や黒銀騎団の面々には遠く及ばないものの、そこいらの一兵卒よりははるかに腕が立つようだ。
「現状は伝えた通りだ。どうやら連中は、手柄を独り占めする気らしい。あの巨大戦艦こそ敵の切り札で、大した戦力など残っていないという目算らしいが……」
「ッ……!! なら尚の事……!! 敵戦力の情報を伝えなくちゃッ……!!」
「好きにしろ。お前に話した時点で、そう言い出すのはわかっていたからな」
淡々と島の現状を語り聞かせたテミスは、焦りに表情を歪めるフリーディアを呆れたように眺めながら、皮肉気に頬を歪めてせせら笑う。
仮にフリーディアがグレイルまで情報を伝える事ができたとしても、その情報は間違いなく曲解されて役立つ事は無い。
政争で頭がいっぱいな連中の事だ。追い詰められたフリーディアが必死で捻り出した虚言と受け取るか、はたまた魔王軍との戦いで狂った妄言と捉えるか。
後の一手の事を考えるのならば、むしろこの時点でフリーディアからグレイルに情報が渡っているという事実があった方が、テミスとしては好都合であった。
「っ……!! テミス貴女……何を企んでいるの?」
「クク……色々と。さ。幸いにも、十重二十重に策を巡らせる暇はあったのでな」
「話して。貴女の事だもの。その策とやらもどうせ、ろくでも無いものに違いないわ!」
「ハッ……! ついさっきまで、鳴きそうな顔でしょぼくれていた奴が偉そうに……」
「なっ……!!! そ……そんな顔してないわよッ!!!」
「していたさ。だが……まぁ良いだろう。特別に教えてやる。お前はお前なりに好きに動けば良いさ。私は何もしない」
「えっ……!?」
威勢よく気炎を上げるフリーディアに、テミスはニンマリと頬を吊り上げて意地の悪い笑みを浮かべると、勿体ぶった口調でゆっくりと告げる。
だがその答えはフリーディアにとって予測し得なかったものらしく、気勢をそがれて驚きの表情を浮かべた。
「動くなと命じられたのだ。動く必要はあるまい?」
「ッ……! で……でも、それじゃあ部隊がッ!!」
「黒銀騎団や白翼騎士団が駆り出される訳じゃあない。動機を鑑みるのなら、青鱗騎士団に出撃命令が下る事も無いだろう。奴が率いて出撃するのは恐らく、寄せ集めの塵芥共だ」
「なっ……!? だからと言ってッ!! 死地へ赴く彼等を貴女は見棄てるのッ!?」
「知った事ではないね。さんざ止めてやったというのに、自分から好き好んで死にに行くんだ。責められる謂れは無い」
相変わらずの博愛主義を掲げるフリーディアに、テミスは嘲笑を浮かべながら鼻を鳴らして答えを返す。
白翼騎士団の連中や、蒼鱗騎士団の連中のように、多少なりとも共に戦った事がある訳でもなく、黒銀騎団の者達のように共に死線を潜り抜けてきた訳でもない。
ただ、邪魔な連中が自分から擂り潰されに行ってくれるのだ。
それを止めるのは眼前で肩を怒らせている博愛主義者か、よほどの馬鹿くらいのものだろう。
「だったら良いわ!! 貴女がそういう考えなら、私が護るッ!! 好きにしろって行ったわよねッ!!」
「あぁ言ったとも。だが忘れるなよ? お前がどう動こうが好きにすればいいが、今の我々は辛うじて、お前という細い糸でこの場に留まっているに過ぎん。状況が状況だ。その糸が途切れた瞬間、我々の刃はどこを向くとも知れんぞ?」
「なっ……!!? 脅すつもりッ……!?」
「いいや。ただの忠告だ。好き勝手するのは構わんが、自分が責任を負える範疇にしておけ……というな」
「っ~~~~!! わかってるわよ! そんな事ッ!!」
怒りに任せて天幕を出て行こうとするフリーディアの背に、テミスは釘を刺すかのようにひと際真面目な声色で言葉を投げかける。
流石のフリーディアでも、そこまで愚かではないだろうが、秘匿されているロロニアの部隊やスイシュウの存在の事を明かせば、事態がさらに悪化するのは火を見るよりも明らかだ。
そう意味深に告げられた忠告に、フリーディアは顔を赤くして怒りに目を剥くと、怒鳴り声を残して荒々しく天幕から外へと出ていった。
するとすぐに、護衛という名の監視の近衛達と激しく言い争う声が響きはじめる。
「ハン……全く……おめでたい奴だ。シズク。居るか?」
「はい。ここに。フリーディアさんのお陰で今なら楽に動けます」
「ククッ……! 聞いての通りだ。我々は暫く、高みの見物といこう。全部隊に通達を出してくれ。軟禁されている連中にもな」
「了解しました」
そんなフリーディアの怒声に耳を傾けながら、テミスは天幕越しにシズクと言葉を交わすと、ただ一人残った天幕の中でクスリと不敵に頬を歪めたのだった。




