2192話 帰る場所
テミスとフリーディアの軟禁生活が始まって数日。
王宮近衛騎士隊は意図的に情報を封鎖しているらしく、彼等から情報がもたらされる事は一切なかった。
加えて、寝床の天幕から外に出ることはほとんど許可されず、フリーディアが他の白翼騎士団の者に接触する事も出来ずにいた。
「くあ……。私が命懸けで稼いだ時間をこうも浪費されるとは、最早怒りすら通り越して清々しさすら感じるな」
「…………」
「いい加減、お前も観念したらどうだ? あれから何度もグレイルとの面会を求めているようだが……あの男まで伝わってはいまい」
「っ……!!」
軟禁されて以来、フリーディアはあの手この手を使ってグレイルに抗議を試みていたものの、却下を告げる通達すら返ってくる事は無く、テミスとフリーディアは完全に隔離された状態に置かれている。
だというのに、余裕のない表情を浮かべるフリーディアに対して、テミスは鼻歌まじりに暇を満喫する程度には余裕綽々で。
その態度が更に、追い詰められているフリーディアの癇に障っていた。
「ッ……!! 貴女はッ!! どうして……そんなにッ……!! 貴女の部隊ほどでは無くても、先遣隊の皆は……何度も共に戦った仲でしょうッ!?」
「……私に当たるなよ。苛立つ気持ちは理解できるが、私とて置かれた状況はお前と同じなんだぞ?」
「だからこそよッ!! そうやってのんびりとして居られる貴女の心が!! 私にはわからないッ!」
「フゥ……」
癇癪を起して喚き散らすフリーディアを、テミスは淡々とした声で諭す。
だが、数日間ものあいだ情報を遮断されたフリーディアの精神は既に限界近くまで追い詰められているらしく、その剣幕は今にも護衛と称した見張りの近衛騎士を切り倒してでも、ここから飛び出していきそうな程だった。
「では、そろそろ聞かせて貰おうか。お前の答えを」
「え……?」
軟禁されたここ数日で、このようなやり取りは幾度となく繰り返したが、テミスはこの時初めて、静かな声で一歩を踏み込んだ。
フリーディアとしてもその問いは意外だったらしく、胸の内に溜まり切った苛立ちは瞳の奥へと消え、驚きの表情を浮かべてテミスを振り返る。
「こうなった時に訊いただろう? お前はどうしたいのか……だ。その答え如何では、私の身の振り方も変わるのでな」
「っ……!!」
揺れる事のない真っ直ぐな瞳で、テミスはフリーディアを見据えて問いを重ねる。
元よりテミスがこの戦いに加わっているのは、フリーディア個人に助太刀をしているという所が大きい。
無論。ファントに戦火が及ばない為という理由もあるが、事がここまでこじれてしまっては、全軍を引き揚げて今からファントで守りを固めた方が戦略的には有効だろう。
だからこそ。テミス自身の尺度で行動するとはいえ、フリーディアの行動指針が最も重要な指針である事に違いは無い。
もしも、フリーディアがこのままロンヴァルディアに屈するというのならば、このロンヴァルディアの政争の場と化したこの戦場は、テミスにとって関わる価値が失われるのだ。
「悩む暇は十分にあったはずだ。私はこれ以上、悠長に待ってやる気は無いぞ?」
「わ……わたし……は……っ……!!」
「…………」
冷ややかに告げるテミスの声に、フリーディアは普段の凛とした態度からは想像もつかない、おどおどとした態度で目を泳がせる。
しかしそこには、確かな苦悩と葛藤の色が表れていて。
故にテミスは、クスリと小さく唇を歪めると、穏やかな声で口を開いた。
「確かにお前には、しがらみも、義理も縁もあるだろうがな……。そんなものは一度置いておけ。私は今、お前がどうしたいのかを聞いているんだ。フリーディア」
「ッ……!! ……私は、皆を護りたいッ!! こんな戦争なんて終わらせて、ユナリアス達蒼鱗騎士団の皆は平和なフォローダに、私達はファントへ帰るのよッ……!!」
「っ……! ふっ……そうか……」
テミスの声に促されるかのように、フリーディアは絞り出すような声で語り始めると、力の籠った声で己の胸の内に秘めていた思いを解き放った。
だがその想いはテミスにとっても、僅かとはいえ驚きで放心してしまうほど意外な言葉で。
しかし、テミスはすぐに穏やかで柔らかい微笑みを浮かべて頷くと、固く目を瞑ったフリーディアの肩へと掌を置いた。
本人が自覚しているか否かは知らないが、フリーディアは今確かに、ファントへ帰ると言ってのけたのだ。
ロンヴァルディアがフリーディアにとってどのような場所であったのかなど、テミスには知る由もない。
けれど、自身が治めるファントの町を、他でもないフリーディアが帰るべき場所だと口にした。
その事実は何故か、テミスの胸の内に沸き立つような感情を溢れさせ、誇らしさが心を満たしていった。
「ならば、安心しろ。白翼騎士団の連中も、蒼鱗串団の連中も、今は我々と同じように待機を命じられている。どうやらあの男、後から押し掛けてきたクズ共で侵攻する気らしい」
どんなフリーディアの激情をテミスは答えと受け取ると、ニヤリと不敵に頬を歪めて、自身が密かに仕入れていた現状を告げたのだった。




