2187話 白翼に潜みし黒銀
サキュドからの伝令を受けたテミスは、シズクと共に着替えを済ませると、黒銀騎団の天幕でスイシュウたちの到着を待っていた。
戦々恐々とした様子の伝令から告げられた伝言に、テミスは今サキュドと共に居るスイシュウと名乗る人物が本人であると断定し、他のロンヴァルディア勢力との接触を避けるために、隠れ港を経由する事を選んだのだ。
「……来たか」
ザッ……ザッ……と。
幾つもの足音が近付いてくる音を耳にしたテミスは、音の方へと鋭い視線を向ける。
確かにスイシュウとは、個人的に協力関係を構築してはいるものの、これほどまでに早く再会する予定は無かった。
だというのに、こうしてテミスの前へと姿を現したという事は、間違いなく何かしらの不測の事態が起こったという事で。
それがアイシュがロンヴァルディアとの戦いの道を選んだのか、はたまた彼女が率いていた反政府軍の連中が暴走したのかまでは分からないが、面倒事であるというのは間違いないだろう。
「おぉっ! いたいたっ! おぉ~い。ネールちゃん! 元気だったかい?」
「…………」
そう予想していたからこそ、テミスはそれなりの緊張感を以てスイシュウとの再会に臨んでいた。
だが、その感情は姿を表すなりに暢気な声を響かせたスイシュウによって粉々に破壊される。
「はぁ……。お前という奴は……やれやれだ。こんな所で済まないが、まあ適当に座って寛いでくれ」
先導するサキュドの他に、スイシュウは何処か見覚えのある護衛らしきネルード兵を一人同行させていたものの、テミスは気に留める事無く自身の前に用意した木箱を示してみせた。
本来ならばこのような場所ではなく、然るべき場所で対応をするべきなのだろうが、ただでさえこのような僻地へと追いやられている黒銀騎団では、それが精一杯のもてなしだった。
「ッ……!!!」
「頼むよ?」
「……。フッ……」
粗雑な対応に怒りを燃やしたのか、護衛の兵士が怒りの籠った視線でテミスを睨み付けるが、スイシュウが即座に低い声で釘を刺すと、悔し気に俯いてみせる。
尤も、声を潜めたとて、この距離ではすべてテミスの耳に届いているのだが、恐らくスイシュウもそれは承知のうえで、底の知れない微笑みを浮かべているのだろう。
「やぁやぁ、これはどうも。すっかり元気そうで何よりだよ。心配してたんだから」
「心配痛み入る。ところで……随分と物騒な物を持ち込んでいるんだな?」
「君こそ、あっちの子……サキュドちゃんとは随分格好が違うみたいだけど?」
「こちらの方が良いかと思ってな。ロンヴァルディア側の総指揮官ではなく、私を尋ねてきたんだろう……?」
「そうだね。報告と相談……あと、謝罪も兼ねてかな」
示された席へと腰掛けると、スイシュウは変わらず軽い調子で言葉を紡ぎ続けた。
その間に、テミスの背後には役目を終えたサキュドが控え、スイシュウの背後には護衛の兵士が控え立つ。
当事者であるスイシュウとテミスの間に流れる雰囲気は非常に穏やか立たものの、相変わらず怒気を抑えきれていない護衛に対して、テミスの背後に立つシズクとサキュドはピリピリと気を張り詰めさせていた。
「聞こうか。お前の事だ、既に察しているだろうが、我々もこちらでは――」
「――スイシュウさんッ!! 幾らなんでも我慢の限界だッ!! コイツらは一体何なんだッ!! アンタは何をやろうとしているんだッ!!」
「…………」
本題へ入りかけたテミスの言葉を遮って、あろう事かスイシュウの護衛らしき兵は怒声をあげると、怒りの矛先をスイシュウへと向ける。
その瞬間。
テミスの背後に控えていたシズクとサキュドは元より、周囲の天幕の中で控えていたテミスの旗下の者達が、一斉に臨戦態勢を取った。
だが、当のテミスとスイシュウは黙したまま動かず、緊張感だけが張り詰める空気の中を、護衛の兵の荒々しい吐息が響いていた。
「……御免よ。あっちに放っておいても心配だったから連れてきたんだけど、どうやら失敗だったみたいだ」
「構わん。許す。というかお前、旗下に何も伝えずにここまで来たのか?」
「うん……まぁ……そんな暇が無くてね。もしよかったら、キミの事を彼に教えてやってくれないかい?」
「っ……! 良いのか……?」
「彼が選んだ事さ。僕は散々忠告した」
しばらくの沈黙の後、ゆっくりと口を開いたスイシュウが告げると、テミスは驚きに息を呑んで問い返す。
テミスの事を教えるとは即ち、この兵士が重大な機密を抱えるという事で。
当然、知ってしまえばただの一兵卒で居る事などできず、今後は何に付けても行動に制限がかかるか、最悪の場合始末されかねない。
とはいえ、直属の上官であるスイシュウがこう言っているのだ。
外様であるテミスがとやかく口を出すような事ではなく、本人も狼狽えはしているものの決意は固いらしい。
ならば……と。
「私はテミス。黒銀騎団団長のテミスだ。そしてここに居る連中は全員私の旗下にして、漸く掴んだ平和に戦乱をもたらさんとするヴェネルティに対抗すべく、はるばるファントからこんな所まで駆り出された黒銀騎団の者達さ」
テミスは自身とスイシュウの間に漂う、ただならぬ雰囲気に気圧されている兵士へ、不敵な微笑みを浮かべて朗々と言い放ったのだった。




