2186話 密かな騒動
サキュドを乗せたスイシュウの小型船は、ロンヴァルディア側の配置を知るサキュドの指示により、一度もロンヴァルディア軍に発見される事無く、パラディウム砦を擁する島の近くまで到達していた。
「さて……と……。流石にこのまま、アナタたちを正面から招き入れる事はできないのよねぇ……。とはいえ……」
既に目と鼻の先にまで迫った島を眺めながら、サキュドは静かに息を吐いてひとりごちる。
独断でここまで連れて来はしたものの、スイシュウたちの存在はサキュドの手に余るものだった。
どうやら、テミスとの面識はあるようだが敵か味方か定かではない。ここまで連れてきたのは、万に一つこのスイシュウという男が味方であった場合に、殺してしまえば取り返しがつかないからというだけだ。
故に、ロロニアたちの隠れている隠れ港に招き入れるには危険過ぎる存在で、かといってこのままパラディウムの軍港へと赴けば、余計な邪魔が入るのは必至だ。
「ハァ……仕方ないわね。アナタ……スイシュウとか言ったわね?」
「ん……そうだよ。僕はスイシュウさ」
「先に忠告しておくわ。これからアタシは魔力を高めるけれど、武器を抜いたりしないで頂戴?」
「了解……ちなみになんだけれど、忠告を守れなかった場合はどうなるか聞いても?」
「くふふっ……! うっかり殺してしまうかも」
「っ……! 厳守させるよ」
溜息を一つ吐いたサキュドは不敵な笑みを浮かべてスイシュウと言葉を交わした後、コツリコツリと足音を立ててゆっくりと船首へ移動する。
砦にある全ての港へ入る事はできないが、かといってこの場にスイシュウたちを置いてサキュドがこの場を離れる訳にもいかない。
ならば、この場でサキュドが取ることの出来る手段は一つだけ。
「っ……!! スゥッ……ハァァァァッッ!!!」
「ウゥッ……!?」
掌を掲げて紅槍を現出させると、サキュドは雄叫びをあげて身体から高めた魔力を迸らせた。
こちらが動けないのならば、向こうから来させればいい。
そう判断したが故の一手だったのだが……。
「――っ!!!? この魔力はッ……!!」
パラディウム砦に近い水域で高まった魔力を真っ先に感知したのは、指揮所の天幕で書類仕事に追われているテミスだった。
これ程近くで戦闘か!? そう感じたテミスは、ガタリと椅子代わりの木箱を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がるが、傍らに立てかけられた大剣に伸ばされた手がビタリと途中で止まる。
「む……待てよ? この感じは……」
大剣へと伸ばした手を留めたテミスは、ゆっくりと大剣の柄を掴んで己が身に寄せると、静かに目を瞑って慎重に気配を探る。
膨大な魔力こそ感じられるものの、何か魔法が放たれた様子はなく、爆発音などの戦闘を行っているらしい音は響いてこない。
それに何よりも、この島に詰めている見張りの兵が、未だに血相を変えて飛び込んできていないことこそが、戦闘行為が行われていないであろうという確信をテミスに抱かせていた。
「無作為に魔力を放出しているだけ……? ふむ……ユナリアス。すまないが少し出てくる」
「えぇっ……!? 何かあったのかい?」
「わからん。だが、フリーディアの奴が下手に動くと面倒だ。大至急ここへ呼んでおいてくれ」
「わ……わかったよ……!!」
そのままテミスは、突如立ち上がったテミスに驚きの視線を向けていたユナリアスに、淡々とした口調で告げると、返事を背中で聞きながら指揮所の天幕から外へと出る。
するとそこには、どうやらたった今駆け付けて来たらしいシズクが、既に息を切らせて控えていて。
そのあまりの手際の良さに、テミスは驚きに僅かに目を見開いた後、シズクの傍らを通り過ぎながら静かな声で口を開く。
「……何があった?」
「わかりません。ですが、近隣で調査にあたっていた部隊の者が確認に向かいました」
「フリーディアは?」
「既に飛び起きて身支度を。護衛の騎士に即応待機指示を出していましたから、じきにこちらへ来られるかと」
「という事は、他の連中はまだ気が付いてはいないんだな?」
「一部の白翼騎士団員のみです。気が付いた者は仲間の騎士たちに呼びかけながら集結中です」
「相変わらず……大した練度だ」
シズクの報告からも機敏な反応が窺える白翼騎士団に、テミスは皮肉気に頬を歪めてせせら笑う。
上からの集結命令が無くとも異変を察知し、自分達で声を掛け合って即応待機へと移行する。
ある意味では独断専行や任務の放棄と取れなくもない行為だが、魔王軍との激戦を経た彼等は、その一分一秒が戦場での命運を分ける事を良く知っているらしい。
「クク……ならば好都合。面倒な監視連中の陽動は連中に任せるとしよう」
「では、フリーディアさんには……」
「奴の足止めはユナリアスに任せた。ひとまず、黒銀騎団の天幕へ向かい、状況報告を待つ」
「了解です!」
だが、今は好都合。
テミスは胸中でそうほくそ笑んでから喉を鳴らして笑うと、町外れへと追いやられた黒銀騎団の天幕へと足を向ける。
そんなテミスの背を追って、シズクはコクリと力強く頷いたのだった。




