2167話 痴れ者への報い
剣閃が剣風を巻き起こし、天幕の中を烈風が吹き荒れる。
キキキキンッ! と。
シズクの耳が微かな音を捉えるも、剣士と鍛えたシズクの目を以てしてもテミスの振るった剣を捉えることはできず、驚愕に目を見開いた。
「迅く……なっている……?」
「ハハッ!! たらふく休んだお陰か? 不思議と力が湧き出てくる」
振るい終えた大剣を肩に担ぎ上げると、テミスは跳ね起きた簡易ベッドの上からひらりと飛び降り、不敵な微笑みを浮かべて男たちを一瞥する。
しかし、男たちの力量では迅すぎるテミス動きを知覚する事ができず、ただ何が起きたのかすらわからないまま、ポカンとした表情で凍り付いていた。
「フム……すこぶる調子の良いお陰か、曲芸じみた斬撃も上手くいったらしい」
「な……ぁ……いったい、何を言っているッ!? もう我慢の限界だッ!! 許さんぞその傲慢な態度! もう良いッ!! かかれェッ!!」
「ッ……!! ハッ!!」
「チッ……!! 動くなァァッッッ!!!」
怒りを以て意識を現実へと引き戻した男が怒声をあげると、付き従っていた護衛騎士が応じて声をあげる。
だが、彼等が動き始めるよりも前に、ギラリと目を剥いたテミスの一喝がその動きを制した。
「ウゥッ……!? な……何という気迫ッ……!!」
「ハァ……身体が動くからと調子に乗り過ぎたな……。良いか? お前達、絶対にその場から動くなよ? 一歩たりともだ」
「ハンッ!! 今更遅いわッ!! ……と、普段ならば厳罰に処すところだが、無礼を詫び、剣を差し出すのならば許してやっても――」
「――クッ!? えぇい!! 馬鹿がッ!! 動くなと言っただろうが!!」
「へっ……!? わぷっ……!!」
気圧された男たちが息を呑んだのも束の間。
溜息まじりに嘯いた後、テミスは力の籠った言葉で念を押す。
けれど、テミスの呟きを皆まで聞かず、自分の都合の良いように解釈した男は、ニンマリと欲に塗れた微笑みを浮かべて言葉を続けると、テミスへ一歩詰め寄った。
その瞬間。
テミスは酷く蔑むかの如く苦々し気に表情を歪めると、簡易ベッドの上に打ち棄てられていた掛布団を跳ね上げ、傍らで慎重な面持ちを浮かべて事態を見守っていたシズクに頭から覆いかぶせる。
その直後。
「えっ……? ぁ……わ……あぁっ……!! ひぃっ……!?」
ぴしり……ぴしり……と。
男が身を包んでいた甲冑に次々と亀裂が走りはじめ、纏っていた甲冑は瞬く間に千々に刻まれて鉄くずと化していく。
無論。
甲冑の下に身に着けていた鎧よりも遥かに柔らかい服が耐えられるはずも無く、ガラガラと音を立てて崩れていく甲冑と共に、端切れ以下のゴミと化した。
そうして数秒後。
情けない悲鳴と共にその場に残ったのは、何一つ身に着ける事無く全裸に剥かれた男の艶姿で。
一部始終を見守っていた護衛騎士達は、揃って表情を引き攣らせて再び己が身を凍らせる。
「ハァ……だから動くなと言ったんだ……。何が悲しくて、粗末なモノを視界に収めねばならんのか……」
「は……ぁ……ぁぁぁっ……!! ふ……ふふっ……!! 不敬であろうッッ!! 貴様等ッ!! そこの獣人が被っている布団を寄越せッ!! 早くッ!!」
「絶対にさせるものかッ!!! シズクッ!! 悪夢にうなされたくなければ、私が良いと言うまで絶対にその布団を脱ぐんじゃない!! 目が腐るぞッ!!」
「えぇい喧しいッ!! いいからッ!! 早く寄越せッ!!」
「ふざけるなッ!! そもそもアレは私の布団だ!! 貴様などの身に纏わせてなるものかッ!!!」
男の痴態を目の当たりにした護衛騎士たちが動けずに居ると、テミスは鬼気迫る声でシズクに警告を発した。
だが、固まったまま動かない護衛騎士達に業を煮やした男は、自らシズクが頭から被せられた布団を求めて手を伸ばす。
それを阻まんとすかさず、怒りに目を剥いたテミスが伸ばした男の手首を掴んで割って入ると、男を押し留めながらシズクをその背に庇うように立ち塞がって怒声をあげた。
「マーダン卿ッ!!! ご無事ですかッ!? このような真似をされては困りま――きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!」
そこへ、警護の騎士から報告を受けたフリーディアが叫びと共に、大慌てで天幕の中へと飛び込んできて。
しかし、焦りと怒りが綯い交ぜになったその叫びが皆まで紡がれる事は無く、途中から甲高い悲鳴へと変わる。
とはいえ、フリーディアの視界の飛び込んできたのは、乱れ切った寝床で全裸の男と格闘するテミスの姿で。
如何にフリーディアが優秀な騎士団長であったとしても、混沌を極めたその光景に悲鳴をあげるなという方が酷なものだろう。
「な……なっ……ぁ……っ……!! 何をやっていますですかぁぁぁぁぁッッッ!!!」
フリーディアに続いて、悲鳴を耳にした白翼騎士団の騎士が血相を変えて天幕の中へと飛び込んできた瞬間。
怒りと混乱に目を剥いたフリーディアのひと際大きな絶叫が、辺りに響き渡ったのだった。




