204話 白翼の急報
凄まじいスピードで街道を疾駆する馬上で、フリーディアはその美しい黄金の髪を暴風に躍らせながら、緊張に高鳴る胸を焦燥に焦がしていた。
「っ……早くッ! お願いっ! もっと早くッッ!!」
祈るように呟きながら、フリーディアは愛馬に活を入れる。
その焦りを体現するかのように、緩んだ鎧の留め金がガチャガチャと耳障りな音を立てる。
「間に合ったとしても……っ! ……その時は、謝るしかないっ!」
白の甲冑……白翼騎士団に所属している事を示すこの特注の鎧は、魔王軍の敵である事の証だ。けれど、この報せを届けるのならば、この姿で訪れなければ意味はない。
「見えたっ!」
フリーディアの視界の奥に、ようやくファントの防壁が見え始める。
早朝に血相を変えて飛び込んできたカルヴァスとフィーンに叩き起こされ、馬を疾駆させる事はや6時間。数日から数週間はかかるこの旅路を駆け抜けてきたフリーディアが、無理を通り越して無茶を敢行しているのは言うまでも無かった。
「――! あれはっ……テミス……?」
ぐんぐんと近付くにつれ、ファントの防壁の前が何やら騒がしい事にフリーディアは気が付いた。
そして、後ろに控えた群衆の前。その背で彼等を守るかのように、一つの漆黒の人影が、まるでフリーディアを待ち構えているかの如く、白銀の髪をなびかせて佇んでいた。
――助かった!
その姿を認めた途端、フリーディアは思わず歓声を上げそうになった。
本来は敵であるあの町の索敵力に舌を巻いて恨む所なのだが、今だけはその卓越した能力と自らが前線に出る判断をしたテミスに賛辞を贈るべきなのだろう。
何故なら、この一秒を争う事態では、以前のように門で足止めを食う事は文字通り破滅を呼び込む事になるからだ。
「止まれっ!」
「……っ!」
互いにその容貌が視認できる程度の距離まで近付いた時、凛とテミスの声が響き渡る。
それに応じたフリーディアは馬の速度を緩め、互いの剣の間合いまで近付いてドサリと馬から飛び降りる。
「……? ……フリーディア。その姿でファントを訪れるという事は、相応の覚悟があっての事だろうな?」
「っ……えぇ……勿論……よ」
足元すらおぼつかないほどに疲弊したフリーディアの姿を見て、テミスは訝しむかのような表情を見せた後、固い声で問いかける。
普段の彼女であれば、この時点で何かがあったのだと察してくれるはずなのだが、あちら側にも何か事情があるのだろうか?
……だけど、今はそんな事を気にしている暇はない。
「テミス……落ち着いて聞いて?」
「……聞こう」
フリーディアが震える膝を辛うじて律しながら口を開くと、テミスは大剣を地面に突き立てて静かに頷いた。
「急いで、ラズールのルギウスさんに報せて欲しいの。その和平会談は罠よ……とね」
「和平会談?」
「えぇ。詳しくは後で説明するわ。だから――」
「――必要無い。今この場で説明するがいい」
「っ――!!!」
必死の形相でフリーディアが告げた途端、その間に不遜な声が割って入った。
同時にテミスの背後の人垣が割れて、その声の主がゆっくりと歩いて近付いてくる。
「貴方……魔王ギルティア……何故……ここに……」
掠れた声でフリーディアが呻くと、その足が気圧されたかのように一歩、無意識に退いた。
「一先ず、敵としてこの場に現れた訳では無い事は理解した。何もこの面子で立ち話と洒落込む事もあるまい。相応の場を用意しよう」
「待って! そんな時間は無いの! すぐに対策を――」
「――案ずるな。運の良い事に件のルギウスは今、この町に居るのだからな」
「っ!? そ、そう……」
ならば、いくばくかの猶予は生まれたのだろうか?
焦れた心の反動なのか、フリーディアはいまだに火急を告げる自らの心を押し殺しながら、テミス達の後を追って歩き出した。
「では早速だ。まずはルギウスの報告から聞きたい」
「っ……!」
フリーディアが通された先は、以前に訪れた軍団詰め所の執務室だった。そして、辿り着いて早々に、テミスは静かに口を開く。
「あぁ……。察しは付いていると思うんだが、人間側から和平交渉の場を持ちたいとの連絡があったんだ」
「それは、額面通りの意味合いで取って良いのだな?」
「ああ。戦線単位での話さ」
テミスが一言釘を刺すと、ルギウスはコクリと頷いてそれを肯定する。
この報告とやらが、いち地域限定での話ならば取り違えの可能性も無くは無かったのだが、どうやらそのセンも薄そうだ。
「正直に言うと、僕はこの町に憧れていてね……。人間と魔族が入り混じり、平和な日常を築いている……。ギルティア様の理想を体現しているこの町に、僕たちもラズールも続きたいと思うんだ」
「ルギウス……」
そう続けると、ルギウスは照れたように頬を掻いて視線を逸らした。
確かにこの男、何かと理由をつけてはこの町に訪れていたが……まさかそんな意図があったとは……。
「それで……? フリーディア。先ほどチラリと聞いた話では、この和平交渉が罠である……。という事のようだが……?」
「えぇ……」
フリーディアは心苦しそうに俯いた後、小さく頷くとくと、消え入りそうな声でそう答えたのだった。




