2151話 理断つ秘剣
『先生』とコジロウタの激しい戦いは、テミス達が離脱してから五分以上続いていた。
だが、『先生』の放つ攻撃は、防御に徹したコジロウタに悉くいなされ、ただの一撃たりとも加えることはできていなかった。
対してコジロウタは、『先生』の攻撃を捌く度の応撃で一太刀を入れ続け、その回数は百に迫りつつある。
けれど、蠢く闇に覆われた『先生』の身体には、一筋たりとも刀傷は残っておらず、戦況は一方的なようでその実拮抗していた。
「フゥム……幾度斬ろうと斃れぬとは面妖な……」
「ッ……!! いい加減!! 諦めろよッ!! チョロチョロチョロチョロ避けやがってェッ!! 攻撃を躱し続けるお前と、攻撃を喰らっても効果の無い僕ッ!! どっちが勝つかなんて、馬鹿でもわかるだろォがッ!!」
「……首を刎ねたとて繋がる」
「グブェッ……!? ゴ……ゴイヅッッ……!!」
「ならば目を潰してみるか……?」
「ッ……!! クソッ!! うざったいッ!!」
淡々と呟きを漏らしながら、コジロウタは神速の剣閃を以て『先生』の身体を切り刻むが、その尽くが即時に回復して機能を取り戻す。
一見して全くの無意味な攻撃を加えているコジロウタであったが、その冷静沈着な目にはキラリと知性の光が灯っていて。
コジロウタは怒りに任せて暴れ狂う先生を翻弄しながら、着々とその身を切り刻んでいく。
「では……これならばどうだ?」
「あがッ……! がゥっ……!! グゾォッ……!!」
流れるような動きと共に放たれたコジロウタの二段突きは、まるで吸い込まれるかの如く『先生』の喉と右脚を刺し貫き、振りかざされていた異形の右腕が支えを失って地面へと倒れ落ちる。
圧倒的な力量差の前では、間合いを無視する異形の腕も、人間を遥かに凌駕する膂力も意味をなさず、『先生』は傷こそ即座に回復するものの、コジロウタにただ弄ばれるがままになっていた。
「フム……貫いた首も……脚も同様に治癒する……か……。これまた面妖な。首すらも脚と同様に急所ではない……? 若しくは……」
「ッ……!!」
ブツブツと呟きを零しながらコジロウタの長刀が閃くと、今度は『先生』の全身に無数の斬撃が駆け巡る。
しかし、次の瞬間にはうぞうぞと闇が蠢いて傷を包み込み、瞬く間に刻まれた傷は跡形もなく消え去ってしまう。
「なるほど。わかってきたぞ? 喉を掻き切ろうとも、脚を貫こうとも治癒は等しく行われる。ともすれば、底抜けに許容量が大きいのかとも疑ってみたが、それでも間尺に合わん」
「ゼェッ……! ゼェッ……!! 人を好き勝手に刻んでおいて、今度は暢気に考え事かァッ!?」
「つまるところ、お前の作った奇怪な兵たちを『化け物』と評した彼女の読みは正しかった訳だ。不死の兵。ウム然り……確かに死んではおらん」
「ハッ……!! お前如きが僕の発明を理解したとでも……? 笑わせるなよ! 僕は天才なんだ! お前のような下等な獣人に、理解できるはずが無いッ!!」
「フッ……そうはしゃぐな。拙者はお主の不死の秘密に興味があった故、退屈しのぎに探ってみただけだ。だが……存外つまらんものであったな」
キンッ……! と。
コジロウタは抜き放っていた長刀を鞘へと納めると、酷く冷めた目で『先生』を見やる。
同時に、再び『先生』の身体を支えていた脚からぶしりと血の飛沫があがり、うぞうぞと動いた闇に包み込まれていく。
「……とはいえ、こうも下等だ下賤だと蔑まれたままでは癪だ。拙者の務めは時間稼ぎであるが故に、命までは取らぬが……その傷は誇りを穢した代償として深く刻むが良い」
「あぁ……? こんな傷、今更どうって事――なァッ!?」
ずるずると『先生』の身体を這い回る闇が、コジロウタが新たに付けた傷を通り過ぎて尚。
刻み込まれた浅い刀傷が消える事は無く、だくだくと鮮血が零れ出ていた。
それに気付いた『先生』は、嘲り詰っていた言葉を止めて表情を驚愕に染め、目を見開いて視線をコジロウタへと向ける。
「……奥義『理』。その名の通り、ただ肉を斬るのではなく、世の理そのものを斬る剣だ。世界そのものに刻み込まれた傷を癒す事はできまいて」
しかし、動きを止めた『先生』にコジロウタは追撃を仕掛けるでもなく、流麗な所作で目を瞑ると、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
だがそれは、傷を負わせたものの未だに終わらない戦いにおいては致命的ともいえる隙で。
ニタリと凶悪な微笑みを浮かべた先生は、無防備に佇むコジロウタを叩き潰すべく、異形の右腕を高々と振りかざした。
だが……。
「役は果たした。それは拙者なりの解法だが……。さて……英雄殿はどのような解法を見せてくれるのか……」
コジロウタはクスリと不敵な微笑みを浮かべると、身構える事すらせずに、悠然と『先生』の背後を指し示す。
そんなコジロウタの指し示した先には、猛々しい表情を浮かべたシズクとユウキが、高々と剣と刀を振りかざしていたのだった。




