202話 新生・第十三独立遊撃軍団
数日後。ファント・軍団詰め所中庭。
「諸君。私は驚愕している」
ボロ雑巾の様に体のあちこちに包帯を巻いた兵士たちの前で、テミスは事も無げに言い放った。
「いや……感動していると言い換えても良いだろう。まさか、あの訓練を経て尚、これ程までに数が残っているとはな」
その言葉に、死に体の身体を引き摺って整列している兵士たちは、顔を引き攣らせながら乾いた笑みを浮かべる。
生きたまま脱落させる気など、毛頭なかった癖に。
彼等の胸中には、どう考えても殺しに来ているとしか思えない訓練を嬉々として自分達に課しながら、完遂か死かの二択を言外に突き付けるテミスの姿がありありと思い出されていた。
「だが、喜べ! 諸君らも既に実感していると思うだろうが、訓練を潜り抜けた君達は、以前とは比べものにならない程に強くなった」
そんな部下たちの心情を知ってか知らずか、テミスは満足気な笑みを浮かべながら、高らかに演説を続ける。
一方で、テミスの心の中は難題を乗り越えた達成感と、充足した満足感に包まれていた。
今回の計画は、ほぼすべて達成されたと言っても良い。部隊の練度を向上させることには成功し、少々強引ではあるがその心を掌握する事もできた。更に、目下の課題であった能力の確認も終えたのだ……計画は成功を収めたと言っていいだろう。
「っ……」
ぎしり。と。整列した兵士たちの中で、コルカは一人悔しさに歯を噛みしめていた。
皮肉にも、奴が施した訓練で私は確実に強くなった。戦士の剣を躱す事ができる程度には体もできてきたし、遠~中距離で戦う魔法だけではなく、閉所や近接戦闘用の魔法も新たに創り出した。
あくまでも、極限状態で必要に迫られて創り出したものではあったが、戦闘での新たな選択肢は、私の攻撃の幅を広げたはずだ。
……だと言うのに。手も足も出なかった。
恥知らずにも奇襲をかけたあの初撃。
一体どういう理屈かは解らないが、あの軍団長は私の必殺の一撃を易々と耐え抜き、そればかりか圧倒的な実力差を見せつけられながら、気付けば地面に伏していた。
コルカは頭の中の葛藤から逃れるように、自らと同じようにテミスを見上げる兵士たちをチラリと見やった。
既に、ここに居る元・第二軍団の連中の殆どが、テミス軍団長の実力に圧倒されているだろう。事実、プルガルドの野営地からこの町に戻って来るまでの間にも、軍団長クラスともなると格が違う……。なんていう言葉が聞えて来たくらいだ。
「くそっ……」
小さく呟いたコルカは、無意識に拳を固く握りしめる。
別に、第二軍団に未練がある訳ではない。むしろ、あの傲慢の塊のようなドロシー軍団長が倒された時には、胸が透く思いすらした。
……違う。これすらも言い訳だ。
心の中でコルカはそう断ずると、目を瞑って自らに問いかける。
私は、ただひたすらに強さを目指す。魔導の果て……究極の魔術とは、私が最強の域に達した時、自ずと目の前に現れるはずだ。その為ならば、私は手段を問わない。外道にでも、聖人にでもなって見せよう。
「では、諸君! 新たな所属分隊は既に聞き及んでいると思う。だがしかし、分隊長の役目を内示された者は一人として居ないはずだ」
コルカが自問自答を続ける傍らで、壇上のテミスは上機嫌に声を張り上げ続けていた。
試練を越えた先の所属発表。いわばそれは、学生の時のクラス替えのようなイベントに等しいだろう。新たな部隊は文字通り、彼らの一心同体の存在になる。ならば、その長たる分隊長……担任の発表もまた、趣向を凝らす価値は十分にある。
「よって、今この場で新たな分隊長を指名し、それを以て第十三独立遊撃軍団の新生としようではないか!」
意気揚々とテミスが言い放つと、その様子にざわざわという戸惑いが兵士たちの間に流れ始める。しかしそれは瞬く間に薄れ、誰もが湧き出てきた希望と一抹の不安を胸に、テミスの発表を待っていた。
「第一分隊は従来通り、私が指揮を執る。基本的に、副官二名も第一分隊の所属だ」
静かに。そして粛々と、テミスの発表が水を打ったように静まり返った中庭へと響き渡る。この、緊張と期待の入り混じった空気こそ、テミスが作りたかったものだった。
「第二分隊――」
テミスの口が緩やかに動き、兵士たちの意識が次の言葉を待ちわびる。
マグヌスとサキュドが第一分隊の所属になった以上。空席となった二つの席を獲得するのは誰なのか……。完全にテミスの術中に嵌った兵士たちは、胸を高鳴らせてゴクリと唾を飲み込む。
「分隊長はハルリト。お前だ」
「っ――!! ハッ! 謹んで拝命致します!」
兵士たちの中から進み出たハルリトが背筋を伸ばして敬礼すると、その瞳に忠誠の光を宿してテミスを仰ぎ見る。
「そして第三分隊分隊長はネーフィスを任命する」
「なっ――お……俺っ!?」
続いてテミスが放った言葉に、素っ頓狂なネーフィスの声が響き渡った。
訳が分からない。何故俺なんだ?
ネーフィスの頭の中を、無数の疑問符が高速で浮かんでは弾けて消えていく。
最後の訓練でも叩きのめされ、その前の基礎訓練でも俺はこの軍団長に逆らっている。そもそも、元・第二軍団の俺を分隊長に指名なんてしたら、もともと十三軍団でやって来た連中が黙っていないだろう。
「どうした? ネーフィス。聞こえなかったのか?」
「っ――ハッ! は、拝命致します……!」
つい反射的に答えてから、ネーフィスは自らに向けられる視線に気が付いた。
それは、彼を取り囲んでいる第三分隊の仲間達からの物で、そのどれもが温かく、好意的なものだった。
「では最後だ。第四分隊の分隊長はコルカ・シーパス・フラルゴ……お前に任せよう」
「……」
僅かに微笑みながらテミスが発表を締めくくるが、コルカの返答はいつまで経っても返ってくる事は無かった。
しだいに、兵士たちは口々にコルカの名を呼び、第四分隊の所属を知らされていた者達もまた、目を瞑り黙りこくる彼女に呼びかけていた。
「……拝命する。だが、一つだけこの場で宣言させて欲しい」
「ホゥ……? 面白い。言ってみろ」
静かに目を開いたコルカが、壇上に立つテミスを見上げてそう告げると、テミスはニヤリと笑みを深めて発言を許可する。
何を言い出すかは知らないが、下手な発言をすれば己が首を絞めるのは奴の方……下らん事をのたまった瞬間、処分付きでヴァルミンツヘイムへ送り返してやってもいい。
「テミス軍団長。私はアンタに負けた……だから今は、アンタに従おう」
静かに口を開きながら、コルカはゆっくりとテミスへと近付き、テミスの立つ壇の真下まで歩み出る。
「だが……私の目的は究極の魔術を習得する事。最強になる為、いずれアンタを倒し、越えさせて貰う。その時までは、私はアンタの忠実な手足となって働こう」
コルカはそう言葉を締めくくると、壇の下で膝を付いてテミスに向けて首を垂れる。
その光景は、さながら騎士が己が主に忠誠を誓うような厳かさを醸し出しており、周囲の者の目線を釘づけにしていた。
「クク……ハハハハハッ! ああ。良いとも。その心意気、見事だ。私に追いついて見せろ」
一瞬の沈黙の後、テミスは高笑いと共にコルカの宣言を受け入れた。
何という嬉しい誤算だろうか。
ただ私に従属するだけではなく、その背を追って成長し、越えて見せると言い放った。上下がありながらも、仲間でありライバルである……まるでどこぞの怪盗一味のような理想的な関係性ではないか!
……やはり、コルカを引き抜いたのは正解だった。そうテミスは確信すると、目の前で自分に傅くコルカに向けて微笑んだのだった。




