201話 最後の試練
「フン……っ――!?」
コルカの繰り出した拳をテミスが受け止めた瞬間。その拳に纏っていた炎が膨れ上がり、一気にテミスを包み込んだ。
「ククッ……クハハハハッ! 良いぞ! こうでなくてはなッ!」
「なっ――!!」
しかし、ごうごうと燃え盛る炎の中から、高らかに笑うテミスの声が周囲へと響き渡る。
「このっ――!」
瞬間。コルカは驚愕の表情を浮かべるが、後ろへ跳び退いてテミスから距離を取る。同時に、テミスへ向けてかざした掌から赤い魔法陣が浮かび上がり、遠距離から追撃を加える戦術へと切り替える。
――しかし。
「その戦術は間違いだ」
「ぐぅっ……!」
テミスの声と共に、炎の中から赤熱した石礫がコルカの掌目がけて飛来する。対するコルカは咄嗟に展開した魔法陣を切り替えるが、僅かに展開が遅れた防御魔法は石礫に砕かれた。
「敵の動きが予想の範疇を越えて退がる時は、自らの持つ全ての力を回避と防御へ回せ。一度予想を超えた敵は、再びお前の予想を超えてくるぞ?」
炎の壁の向こうで揺らめく赤い影にアドバイスを送りながら、テミスは炎の中で薄い笑みを浮かべていた。
コルカ・シーパス・フラルゴ……。ファントへ来た時とはまるで別人ではないか。そして、彼女が繰り出す攻撃からも、コルカが今回の訓練に真面目に取り組んでいた事が窺えた。
「良いね……良い兆候だ。やはり彼女を選んで正解らしい」
テミスは余裕の笑みを浮かべると、微かな息苦しさを感じて眉を動かす。
「ああ……そうだった。酸素を奪われるとコッチも苦しいンだったな……」
そして、思い出したかのように呟くと、能力を解放して周囲の炎を霧散させる。
「っ――!!!」
「やるではないか。初撃で私をここまで苦しめたのはお前が初めてだぞ?」
テミスはこの能力の本来の持ち主の台詞をなぞってニヤリと笑みを浮かべると、大剣を肩に担ぐように構えて能力を切り替える。
この最終訓練には、テミスの隠された目的があった。
一つは、部下たちの成長を直に確かめる事。ある程度の地力が無ければ、部隊に加えたところで死人を増やすだけだ。
次に、主に元・第二軍団の連中の心を屈服させる事。嫌々ながらも訓練を潜り抜けた連中は、確実に自らが強くなった実感があるはずだ。だが、その胸の内に秘めた怨みを捨て置けば、いつどこで牙を剥くかは解らない。故に、強くなったはずの連中を圧倒する事で、私には絶対に勝てないという意識を刷り込むのだ。
そして最後……。この戦いを組んだ一番大きな目的は、私自身の能力の試験運用だ。
この世界に来てすぐに似たような事を試したが、その時は魔王の技や敵側……所謂、『悪党の技』を使う事はできなかった。だが、私はドロシーとの戦いで、不安定ながらも悪党の技を使用した。この世界で生きていくための生命線である能力が変質した可能性がある以上、再び実戦で力を使う前に試しておく必要があったのだ。
「まぁ……この分なら問題はなさそうだがな……」
テミスは奇妙な構えのまま一瞬だけ動きを止めると、背負った大剣が眩い光を放ち始める。そして、まるで見えない何かに動かされるかのように、凄まじい勢いで前方へと飛び出したテミスは、輝く刀身を飛び下がる途中のコルカへと叩きつける。
「チィッ――ッ!」
瞬間。コルカは超スピードで繰り出されたテミスの技に反応すると、手に炎を纏わせて大剣を殴り付けた。
その結果、僅かに軌道を逸らした大剣は虚空を切り裂いて地面へと叩き付けられる。
――しかし。
「ゴフッ……!?」
まるで、それすらも読んでいたかのように、地面に突き刺さった大剣を軸に回転したテミスの膝が、コルカの腹を捉えていた。
「ぐ……あ……」
苦悶の声と共に、腹を突き抜けた衝撃にコルカはその場に崩れ落ちる。
「まぁまぁだな」
それを一瞥すると、テミスはコルカに向けて評価を下した。
軍団長クラスにはまだ敵わないだろうが、今のコルカの実力であれば、フリーディアを除く白翼の連中辺りとならば、いい勝負をするかもしれん。
「この――ッ!! 隙ありだァッ!」
テミスがその動きを止めた瞬間。その真後ろから咆哮を上げながら、ネーフィスがテミスへと切りかかった。
「――隙を突くときは黙って切りかかれ」
しかし、その風を纏った刀身がテミスへ届く事は無く、弧を描いて叩き込まれたテミスの拳によって、ネーフィスは地面へと叩き付けられる。
「むっ!」
「失礼しますッ!」
しかし、そのすぐ後方で。
ネーフィスを捌いた直後の隙を、弓矢を手にしたハルリトが狙っていた。
声と共に放たれた矢が一直線にテミスへと向かい、見開かれた右目へ吸い込まれるかのように飛来する。
「――時よッ!」
その矢がテミスの目玉を抉る直前。薄紙一枚程度の隙間もない至近距離で、ハルリトの放った矢が動きを止めた。同時に、周囲に群がっていた兵士たちも一様にその動きを止める。
「……やるじゃないか。ハルリト」
時の止まった空間の中でテミスはハルリトを称賛し、文字通り眼前に迫っていた矢から頭を逸らす。同時に、宙に浮く矢を握ると、その手に力を込めて能力を解除した。
「っ……なんと……」
瞬間。世界は動きを取り戻し、ハルリトの表情が驚愕に染まる。
それもそのはず……。ハルリト達からしてみれば、ネーフィスを叩き伏せた筈の拳が瞬時に動いただけでなく、放たれた矢を掴み取ったように映るのだから。
「絶妙のタイミングだった……ぞッ!」
「ガッ――!」
テミスはハルリトを褒めながら、能力で矢の先を丸めてから鋭く投げ返した。
放たれた矢はまるで意趣返しであるかのように、ハルリトの眉間を射抜いて彼の意識を混濁させる。
「フハハハハッ!! どうしたっ!? お前達の力はその程度か?」
テミスは驚愕に慄いた兵士たちを一喝すると、地面から剣を引き抜いて次の能力を発動させたのだった。




