2132話 達せられた任務
「ッ……!! ハァッ……! ハァッ……!! ハァッ……!!」
エツルドが倒れ伏すのを確認してから、テミスは己の膝に手を付いて荒々しい呼吸を繰り返した。
苦肉の策で二刀流などという無茶を通しこそしたものの、体力の消耗は凄まじく、この一撃でエツルドが斃れてくれたのは幸運だったと言えるだろう。
「くっ……!!」
それでもまだ、ここで止まる訳にはいかない。
現在が戦いの最中である事を理解しているテミスは、消耗の激しい体に鞭を打って倒れたエツルドの傍らに歩み寄ると、脚に食い込んだ大剣を手荒に引き抜いた。
「っ……!」
「なっ……!?」
瞬間。
倒したはずのエツルドの身体がビクリと動き、テミスは反射的に一歩退くと、血塗れの大剣を構えてみせる。
だが、どうやらエツルドも動く事はできないらしく、地面に倒れたまま動く事は無かった。
「チッ……!! 驚かせてくれる……」
「ッ……!!」
「受け取れ! お前の剣だ」
「わっ……! ありが……ひぃぃぃっ……!?」
命こそ残っているものの、エツルドにはもう抵抗する力が残っていない。
そう確信したテミスは舌打ちと共に再び歩み寄ると、今度は腹に突き刺さっているユウキの剣を無造作に引き抜き、背後のユウキへと投げ渡した。
隣ではちょうど、自身の刀を拾い上げたシズクが血払いを済ませてから、刀を腰の鞘へと納めており、柄の先まで血に濡れてしまった剣に悲鳴をあげるユウキに、静かな微笑みを向けていた。
「戻ったら、お手入れをしないとですね」
「うぅ……ってことは、戻るまではこのままかぁ……」
「柄に巻き布を巻く方法もありますが、握り損なう可能性があるのであまりお勧めはしません。まだ血が乾いていない今のうちに、しっかりと拭っておきましょう。どうぞ」
「うん……そうする……。ありがと……」
肩を落とした祐樹をシズクが慰めている様子を眺めた後、テミスは静かに瞳を動かして、周囲をずらりと囲むネリード兵達を見据える。
不用意に近付いた兵を、テミスが易々と打ち倒して剣を奪った所為か、剣を失った兵も新たに駆け付けた兵も、倒れたエツルドとテミス達を遠巻きに眺めるばかりで。
その並んだ顔には恐怖ばかりが映っており、数の不利はあれども、このまま戦ったとて到底負ける事など想像は付かなかった。
「フム……」
兵士たちの様子に小さく息を吐いたテミスは、町を照らし始めた朝日を仰ぐと、静かに思考を巡らせ始める。
エツルドは打ち倒した。代えの利く兵士であるとはいえ、少なからず指揮官的な立場に居た奴を倒したのだ。指揮系統に混乱をきたすのは間違いないだろう。
欲を言えば、エツルドやアイシュが『先生』と呼ぶネルードの頭を叩いておきたかったが、敵の中枢であるこの場でこれだけ派手な戦闘を演じてしまっては、既に『先生』の守りは固められていると考えるべきだ。
反政府組織であるアイシュ達も、対策部隊の指揮官であるエツルドが始末できれば、ある程度は動きやすくなる筈だ。
ならば、取るべき行動は一つ。
「二人とも。忘れ物はするなよ。敵から奪った剣は棄てて行って構わん。行こうか」
「っ……! はい……!」
「了解っ!!」
作戦目標は達成した。
別動隊として動いているであろうアイシュ達には不義理となるが、このままテルルの村まで撤退し、一度パラディウムまで引き上げる。
そう判断を下したテミスは、淡々とユウキとシズクに声を掛けてから、未だに命を繋いでいるエツルドに止めを刺すべく、抜き放ったまま手に携えていた大剣をゆらりと肩に担ぎ上げた。
……その時。
「そやつはもう戦えまい。もう戦えぬ者の命を奪う所業は、少しばかり武人として悖るのではないか?」
「っ……!!!」
傍らから穏やかな男の声が響くと、テミスはエツルドの首を落としべく持ち上げかけた手を止めて、投げかけられた声がした方へと鋭く視線を向ける。
そこにはいつの間にか、背丈の高い獣人族の男が一人佇んでおり、その背には背の高い男の身の丈をも越える長刀が背負われていた。
「……誰かは知らんが、これは戦争だ。ここでこの醜悪な男を生かしておけば、再び酷く面倒な敵となって立ちはだかる。後顧の憂いは断っておくに越したことはあるまい?」
「明日の仲間の為……か……。ふむ、確かに一理はある。ならば、拙者が加勢に加わらなかった貸しに免じて、止めは勘弁してはくれんか?」
「生憎、覚えの無い借りや、貸しの押し売りは受け付けん主義でな。先の脅威を払わん理由にはたり得んな」
テミスは言葉を返しながら、ゆっくりと身体を男へ向け、密かに臨戦態勢を取った。
こちらがすでにあの男の間合いの中に入っている事は、男の背負った得物の長さと体捌きから推測できた。
とはいえ、既に虫の息とはいえ、ここでエツルドを排除しなければ作戦の効果が薄れるであろう事もまた事実。
だからこそ、テミスは相手が如何なる実力者であろうと、ここで退く訳にはいかないのだが……。
「フゥ……よもや、救国の英雄がこのような狭量の者とは……。仕方あるまい。譲れぬと云うのであれば、もはや是非はあるまい」
「ッ……!!! 来るかッ!!」
溜息と共に、男はゆらりと背中の長刀に腕を伸ばすと、己の身の丈よりも長いそれを、スルリと器用に抜き放ってみせる。
そんな男を、テミスは新たに表れた敵と断定し、肩に担いでいた大剣を構えて応じたのだった。




