200話 軍団長の心労
「脱落者は一割ほど……まずまずと言った所か……」
独りファントの執務室でコーヒーを傾けながら、テミスはぽつりと独り言をつぶやいた。
元第二軍団の連中の訓練を開始してから約一か月。初めはぎくしゃくしていた連中も、今や立派に背中を預け合うほどに成長した。更には、無気力だった元・第二軍団の兵士たちも、私への恨みを糧に、今も訓練に励んでいる。
それに、脱落者が出てはいるものの、それは全て訓練中の負傷によるもので、脱走兵は一人として出ていない。
ちなみに、現在連中に課している訓練はサバイバルバトルロワイアルだ。プルガルドに残っていた、無駄に広い享楽施設の廃墟を会場とし、四人一組の小隊単位で散らばらせて競い合わせる。地理に詳しい第二軍団と、地力のできている十三軍団が力を合わせねば勝ち抜けない訓練だ。
「コルカ・シーパス・フラルゴ……流石に特殊部隊の隊長を務めていただけあって、実力は頭一つ抜けている。あとは……」
テミスは手元の書類を捲りながら独り言を重ね、その内容を吟味していく。
そこには、元々十三軍団であった兵達に提出させた、元・第二軍団の連中の成績が事細かに記されていた。
「ベリスにネーフィス……思わぬ収穫もあったらしいな……」
彼等の成績は、元・第二軍団の連中の中でも、一際大きく力を伸ばしていた。
「だが……部隊長を張らせるには、ベリスはまだ力不足か……」
そう断ずると、テミスはベリスの名が書かれた書類を、静かに机の上へと戻す。
やはり、ある意味でのテスト前の詰込みのような訓練では、ある程度まで力は伸ばせても、実際の戦いで得た経験には勝らないらしい。
「ま……それを差し引いても、目を見張るような伸びしろではある。ベリスは今後に期待するとしよう」
ニヤリと笑みを浮かべたテミスは、机の上に散らばった書類一式を纏めると、小脇に抱えて立ち上がる。
予定通りに行けば、そろそろバトルロワイアルの決着が付くはずだ。それさえ順当に終われば、あとは少しばかりの仕上げをしてやるだけで、十三軍団の新生は完了する。
「全く……上官というのも楽ではないな……ヒトの選定や書類仕事に比べれば、ただ過酷なだけの訓練など天国にも等しい」
テミスはそう零しながら皮肉気に頬を歪めると、執務室を出て中庭に止められた馬車へと向かう。
昔は自分を顎でこき使って、自分は席で偉そうに茶を啜る上司を嫉み……羨んでいたが、いざこうして似た立場に立ってみると、いかに過去の自分が愚かであったかを認識させられる。
「やれやれ……因果なものだ……」
テミスはそう零してため息を吐くと、部下たちの待つプルガルドへ向けて馬車を発進させた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「諸君! よくぞここまで、厳しい訓練を耐え抜いた! 既に実感してはいるだろうが、諸君は強い……強くなったッ!!」
翌日。朝日のきらめく済んだ空気を、凛としたテミスの声が切り裂いていた。
ここは、町から外れた廃坑の前。以前にテミス達が叩き潰した享楽施設の入り口にあたる広場だ。しかし、豪奢な施設をひた隠すかのように荒涼としていたこの場所は、今や数々の天幕が立ち並ぶ野営地と化していた。
「……アレを訓練と言えるのがすげぇよ……」
設えられた壇の上で演説を続けるテミスを眺めながら、兵の中に紛れたネーフィスは小さく愚痴を零す。同時に、それを聞いていた周囲の兵士たちが、ネーフィスの言葉に心から同意するかのように大きく頷いた。
「全くだ……あれは訓練じゃねぇ。拷問だぜ……。あの女、ぜってぇ苦しむ俺達を見て楽しんでやがっただろ……」
ボソボソと。ネーフィスが漏らした不満は少しづつ伝播していき、それは小さなざわめきとなってテミスの耳へと届けられる。
「ククッ……」
その瞬間。不意に演説を止めたテミスは、凶悪な笑みで微笑むとざわめきのあがったネーフィスたちの方へと視線を向けて口を開く。
「ああ。たまらなく楽しかったとも。箸にも棒にも掛からぬ連中が、めきめきとその力を伸ばしていく様を見ているのはな。……だが? 不思議な事に、お前達の中には私に不満を持つ者が少なからず居るらしい」
テミスがそこで言葉を切って部隊を見渡すと、先ほどまでざわついていた兵士たちは、黙りこくって一糸の乱れも無く背筋を伸ばしていた。まさかとは思うが、私の怒りに触れたとでも思ったのか?
部下たちの可愛らしいとも言える勘違いに、テミスは小さく笑みを零すと、ギラリと目を剥いて声高に叫びを上げる。
「ならばその鬱憤! 晴らさせてやろう! 一人づつでなくとも構わん。地獄の混錬の恨みを晴らしたい者……強くなった己が力を試したいと思う者……全員まとめてかかってこい! その力を見極めてやろうッ!」
テミスはそう宣言すると同時に、背中に背負っていた大剣を音を立てて抜き放つと、大上段に構えたその剣に能力を使って刃を落とした。
「カハハッ! イイねッ! ならばその胸……存分に借りさせてもらうとするよっ!」
刹那。好戦的な笑みを浮かべたコルカが兵士たちの中から飛び出すと、その拳に炎を纏わせてテミスへと叩き込んだのだった。




