2123話 無頼の力
ガギンッ!! ゴギィンッ!! と。
大男の振るう剣とテミスの大剣が剣戟の音を奏でる。
同時に、シズクとユウキも攻撃を仕掛けるが、大男は巧みな剣捌きと体捌きを以てこれをいなし、刃が大男を傷付ける事は無かった。
「チィッ……!! 図体の癖に迅いッ……!!」
数度の打ち合いを経た後。
テミスは大きく後退して距離を取ると、油断なく大剣を構えながら悪態を漏らす。
この数度の打ち込みでわかったのは、この大男がテミスの斬撃を真正面から受けて尚、同時にユウキとシズクを相手取る事ができる程の途方もない戦力を有しているという事だけだった。
剣筋は我流らしく崩されていること以外はいたって普通。アイシュのような特殊な力も見られないし、特筆して強いと目立つところは図抜けた膂力と速力の他は無い。
だが何故か、その程度の敵であれば圧倒できて然るべきであるにも関わらず。
テミス達は大男に対して苦戦を強いられていた。
「くっ……!!」
「ッ……!! 強いっ……!!」
テミスが退いてから数合。
ユウキとシズクは大男と打ち合っていたが、掠り傷ほどの戦果も上げる事が叶わず、揃ってテミスの傍らまで退いてくる。
「奇妙な強さだ。剣術も体捌きも修練こそ感じられるものの、大したものではない。だがッ……!」
「力と技術がまるで別物ですっ……! 剣技を棄てて、身体だけを鍛えたみたいな……!」
「ボクの剣技も軽々と受けられたよっ……! 力で無理やり抑え込まれたみたいだった!!」
二人はそれぞれに苦々し気に表情を歪め、打ち合ってみて感じたことを口にする。
異様な膂力と反応速度、そしてそれに見合わない剣技の拙さ。
本来ならば鍛練の内にどちらも伸びていくはずのものが、この大男の強さは、まるで身体能力だけを先取りしたかの如き歪さだった。
「フッ……クククッ……!! 良いな……良いぞッ!! 気が変わった。そこの獣人女もまとめて俺に仕える事を許そう。これほどまでに戦える強い女と会うのは久しぶりだ。アイシュの奴と同じか……いや、それ以上かッ……!?」
表情を曇らせるテミス達とは逆に、大男はニンマリと満足気な微笑みを浮かべて笑い声をあげると、シズクを指差して声高らかに宣言する。
その物言いはテミスにとって、これ以上ない程の情報で。
薄っすらと胸の内で感じ取っていた予感を確信に変えた。
「その口ぶり……さてはお前がエツルドだな? 大層女好きの変態だと聞いてはいたが、なるほど確かに筋金入りだ」
「ああン……? テメェ……俺を誰だか知らずに襲撃を仕掛けてきたのか……? フゥン……呆れた奴だ」
「ククッ……。あぁ、お前如き小物など眼中に無かったからな。私の狙いはもっと上……お前が持つ剣を作った奴さ」
「っ……!!」
不敵な微笑みを浮かべたテミスが挑発混じりに告げると、エツルドは怪訝な表情を浮かべて肩を竦める。
だが、更にテミスが挑発を兼て狙いを告げると、エツルドの表情がピクリと動いた。
「フハッ……!! 傍若無人な狂犬を気取ったところで、所詮は飼い犬だな。主人が狙われていると知れば、たちまち忠犬に早変わりだ」
それを見逃す事の無かったテミスが、挑発を続けながら静かに半歩前へと出ると、その意を汲んだシズクがスルリと緩やかな動きで横へ展開し、遅れて察したユウキもそれを真似る。
一気呵成に攻め立てたとて、その守りを破る事ができないというのならば、敢えて相手に攻めさせて隙を作り、そこを突き崩してやればいい。
「何だよ……テメェ等の狙いは『先生』か……。だったら、猶更俺が躾てやらねぇとなァ!!」
テミスの挑発に咆哮をあげたエツルドは、剣を振りかざして真正面から突撃を仕掛けた。
瞬間。ユウキとシズクが大きく左右へと展開し、反撃の一打を加えるべく構えを取る。
だがそれを、エツルドは一瞬だけ視線で追ったものの、テミスから標的を変える事は無く、高々と振りかざした剣を力任せにテミスの脳天目がけて振り下ろした。
「オォォォッ……!!」
対するテミスは、大剣を正眼に構えたまま一度体を大きく沈め、一気に巻き上げるような斬撃を以てエツルドの一撃に応じる。
振り下ろす剣と振り上げる剣。
威力の上でどちらが優勢であるかなど言うまでも無く、轟音を響かせながらテミスの大剣とぶつかり合ったエツルドの剣は、一度は拮抗したものの徐々に押し込み始めた。
けれど、テミスの狙いは最初から、真正面からのエツルドとの斬り合いを制する事ではなく、一撃目を凌ぎ切って敵に隙を作り出す事で。
「ハァァァッ!!」
「セェェェッ……!!」
次の瞬間。
ギシギシと軋みをあげてテミスと鍔ぜり合うエツルドの背後から、シズクとユウキの猛々しい咆哮が響いたのだった。




