2122話 純然たる悪党
バリィィィィンッッ!! と。
耳をつんざくような派手な音と共に窓ガラスを突き抜けたテミス達は、無数の破片と共に中空へと投げ出された。
だが、背後にあったのが窓で助かったと、テミスは胸の内で密かに安堵する。
もしもあの威力で壁に叩きつけられでもしていたら、きっとただでは済まなかったはずだ。
「くっ……!」
「ッ……!!」
体当たりを受けた姿勢のまま、テミスが思考に耽っていると、両隣から吐息の音が聞こえると同時に、シズクとユウキが空中で体勢を立て直す。
しかし、テミスは吹き飛ばされた勢いを殺す事無く、いまだに背を地に向けたままで。
徐々に身を翻したユウキ達との距離が離れていく。
「テミスさんッ!」
「捕まってッ!!」
「――っ!」
だが刹那。
危機感を纏った鋭い声と共に、シズクとユウキが腕を伸ばしてテミスの手を取ると、吹き飛んでいくテミスを引き戻さんと力を込めた。
けれど……。
「馬鹿がッ!! 逆だッ!!」
「えっ……!?」
「へぇっ……!?」
舌打ち混じりにテミスがは叫び声をあげると、逆にユウキたちの腕を掴んで、放り投げるようにして己の側へと引き込んだ。
想像だにしていなかったであろうテミスの行動に、ユウキとシズクは驚きの声をあげるが、テミスの金剛力の前に抗う術もなく投げ飛ばされる。
しかし、飛距離が伸びるという事は同時に、着地の際の負担も増えることを意味していて。
尤も、ただ二階の窓を突き破って落ちた程度では、普段のテミス達ならば着地をする事など難なくできるだろう。
だが今は敵に奇襲を受けている最中。
僅かでも体勢を立て直すのが遅れれば、それは致命的な隙となる。
だからこそ、シズクもユウキも即座に身を翻し、可能な限り早く、近くへ着地しようとしたのだが……。
「来るぞッ!!」
「……っ!!」
「わぁっ!?」
身構えたテミスが警告を叫ぶと同時に、窓に割れ残っていたガラスを粉砕し、巨大な人影が中空へと身を躍らせる。
時間差で砕け散ったガラスの破片が新たに宙を舞い、顔を覗かせ始めた弱々しい朝日を浴びた巨体に影を落とす。
「くっ……!!」
だが、テミスがユウキとシズクを引き寄せた甲斐があって、三人は僅かに巨体の下から逃れていて。
弾け飛んでくる窓の破片から身を守るべく、テミスは盾のように大剣を構え、シズクとユウキは防御の構えを取る。
「フゥゥゥゥゥ……ハッハァァァァ……!!!」
ズズンッ!! と。
地を揺らすほどの轟音と共に大男は地面へと降り立つと、低い笑い声と共に大きく息を吐いた。
男はこの時、片膝を地面に付いた前傾姿勢を取っており、大きな隙を見せている。
けれど、テミスたちは飛来する窓の破片から身を守る事で手一杯で、反撃の一手まで繋げる事は叶わなかった。
「今ので死なねぇとは、小鼠ながら中々見所があるじゃあねぇか……!! フゥム……」
ゆっくりと身を起こした大男は体勢を立て直したテミス達を、じろじろと値踏みをするかのように眺めてから、ニンマリとうすら笑いを浮かべて言葉を続ける。
その視線はまず中央に仁王立つテミスで止まった後、傍らのユウキへと向かい、そしてシズクを通り過ぎた。
「よく見りゃあ中々イイ女共じゃねぇか……。おい。お前とお前。テメェ等は今日から俺の所有物だ。そして……命令だ。今すぐそこの獣人女を殺せ」
「なっ……!?」
「…………」
「クハッ……!!」
一方的に、そして淡々と。
テミス達の前に立った大男は傲慢な笑みを浮かべて吐き捨てるように宣った。
そのあまりにも横暴が過ぎる言葉に、ユウキは驚きに言葉を呑み、虐げられたシズクはただ静かに目を細め、テミスは皮肉気な笑みを浮かべて嗤い飛ばす。
寧ろ清々しさすら感じるほどの邪悪。他者を一切省みる事の無い邪悪な男を前に、テミスは胸の内からふつふつと喜びに似た感情が湧き上がってくるのを感じていた。
そうだ。こういう奴だ。
主義も、主張も、矜持も、誇りも、使命も、守るべきものすら何も無い純然たる悪。
こういう悪党を斬り捨ててこそ、溜飲が下がるというもの。
「ハハハハッ!! 良いぞ。やはり敵とはこうでなくては」
「……やれやれ。躾がなってねぇなぁ」
堪らず噴き出してから一拍の間の後。テミスは高笑いをあげながら大剣を構え直すと、傍らの二人もそれに倣って臨戦態勢を取る。
そんなテミス達に、大男は呆れたようにため息を吐きながらも、どこか嬉し気に唇を歪め、腰に提げた剣を抜き放ったのだった。




