2121話 望外の奇襲
シズクの切り拓いた通用口から潜入した館の中は、その外観に違わず豪奢な造りをしていた。
広々と無意味にスペースの確保された廊下に、テミスの脚力を以て跳び上がってなお届かないほど高い天井。
足元の敷かれた絨毯は新品同様に整えられており、所々に置かれている調度品からも全て、余す事の無い贅を感じられる。
「フッ……悪趣味な館だな。この屋敷につぎ込んだ金だけで、ともすれば外縁部の復興くらいならば賄えそうに見える」
「ほんと……溜息が出ちゃうくらい豪華だよねぇ……」
「ヤタロウ様曰く、王がみすぼらしくては国が侮られる。故に贅を尽くし、着飾るのもまた王の仕事なのだそうです」
「フハッ……!! なぁシズク。それを言った時のヤツはどんな顔をしていた? 酷い顔をしていたんじゃあないか?」
「……確かに、眉間に深い皺を寄せられ、まるで嫌悪しているかのようなお顔でした」
「ククッ……!! だろうな……実に奴らしい……!」
「ッ……!! 幾らテミスさんといえど、ヤタロウ様の侮辱は――」
「――賢く、思慮深く、謙虚な良い王だ」
「……ッ!!!」
テミス達は周囲を警戒しながらも、言葉を交わしつつ歩を進めていく。
だが、いつも通りの憎まれ口を叩いていたテミスが、突然ヤタロウを手放しに褒めると、反論を口にしかけていたシズクの言葉が止まった。
けれど、一拍の間の後。
シズクはにっこりと嬉しそうに口角を緩めると、辞す家な声で口を再び口を開く。
「どうかいつか、ヤタロウ様に直接お伝えしてあげてください。きっと喜びます」
「厭だね。奴の事だ、おおかた熱でもあるのかなどと、ふざけたことを抜かすに決まっている」
「それは……照れ隠しですよ……きっと。でしたら、私からお伝えしておきます」
「ハン……好きにしろ。だがそれに比べてここの主ときたら……呆れたものだ」
贅を嫌いながらも、その必要性を理解して利用する王と、贅に溺れ、必要以上に金を垂れ流す王。
どちらが正しく賢い善き王なのかは言うまでもない。
幾らこの館に贅を凝らして国威を示そうとも、荒れ果て寂れ果てたこの町の郊外をひと目でも見れば、その国威が薄っぺらなメッキである事はすぐに分かる。
「ところで……フゥム……妙だな?」
「っ……! はい……」
「そうだね。これだけ歩いているのに、警備の兵一人にも会わないなんて……」
雑談を交えてしばらく歩いた所で、テミスはおもむろに足を止めると、喉から唸るような声を漏らして首を傾げた、
この建物は敵の中枢施設のはず。
テミス達が監視の目を掻い潜ってきたとはいえ、幾らなんでも内側の警備が薄すぎる。
嵌められたか……? そうテミスの脳裏に、不穏な予感が過りかけた時だった。
「……ざけるなァァァァッッッ!!!」
広々とした廊下の遥か向こう側から、凄まじい怒気を帯びた罵声が僅かに聞こえてくる。
その怒声は恐らく、間近で聞けば落雷のようなビリビリとした音圧すらともなった咆哮なのだろう。
けれど、声の主から距離の離れているテミス達には、ただ自らの居場所を報せているだけで。
加えて、この屋敷の中で大声をあげて猛り狂う事ができる者など、それなりの地位に就いている者であることは明白。
即ちこの声の主こそ、テミスたちの標的である可能性は極めて高いのだ。
「クク……何処の馬鹿か間抜けかは知らんが、わかり易くてありがたいッ!!」
「……こうなれば、警備が薄いのは好都合……ですねッ!」
「急ごうッ! もしかしたら、あの声を聞いて敵が集まってきちゃうかも!」
「あぁ……!!」
テミス達は一瞬顔を見合せた後、互いに示し合うことすらなく、弾けるような勢いで一斉に駆け出した。
三者が三様に風のような速度で廊下を駆け抜け、響き続ける怒声を手繰って設えられた階段を駆け上がり疾駆する。
そうして辿り着いたのは、屋敷の二階のちょうど中心部。
大きな窓の前に設えられた、これまたひと際大きな観音開きの扉が鎮座する部屋の前だったのだが……。
「口応えしてんじゃァねェェッ!!! 俺様のッ!!! 命令が聞こえなかったかァァッッ!!」
「――っ!!?」
テミス達が態勢を整えて突入の構えを取る前に、響く怒声でビリビリと壁が震え、けたたましい音と共に扉が弾けたかのように内側から開いた。
その原因は、派手な音を奏でながらテミス達の背後の壁に叩きつけられ、木くずと化した椅子で。
どうやら、怒りの声の主が放り投げた物らしい。
そうテミスが認識した瞬間。
「鬱陶しい奴だな。だったら見てろ。ちょうど小鼠が三匹潜り込んできやがった。俺様に護衛なんざ要らねぇって事を教えてやらァッ……!!!」
「なッ……!!!?」
部屋の内から響く声と共に、今度は部屋の内側から壁が盛り上がって砕け散り、壁を粉砕して姿を現した大男が、その勢いのままテミスへ体当たりをした。
しかし、咄嗟に防御の構えを取ったテミスは、構えた大剣で以て大男の体当たりを受けたのだが……。
「クッ……!!?」
「わぁぁっ……!?」
「ひっ!!?」
そんなテミスの防御諸共。
体当たりの威力に弾き飛ばされた三人は、大きな窓を突き破って屋敷の中庭へと投げ出されたのだった。




