2118話 華麗なる潜入
レオン達の護る地下水道を通り抜けたテミス達は、足を止める事無くさらに先へと進み、一つの点検口まで到達していた。
シズクの地図によれば、この点検口が最もネルードの中枢である研究所なる建物に近いらしい。
「…………。よし、周囲に敵影は無い。良いぞ」
ガタリ……。と。
内部に設えられた梯子を上ったテミスは、僅かに押し上げた蓋の隙間から周囲を探った後、スルリと身軽に地上へと上がりながら、下で待つシズクたちへ声を掛ける。
ふと、たった今持ち上げて退かした『蓋』へと視線を向けると、そこにはマンホールのような金属製の蓋がある訳ではなく、周囲に敷き詰められたものと変わらない、一枚の石畳が転がっていて。
「っ……!! 何も知らずに踏みつけて、コイツが割れでもしたら悲惨だな」
転落防止の策など何も施されていないであろう、ただ分厚いだけの石畳を眺めながら、テミスは表情を引きつらせた。
とはいえ、見た目はただの石畳。再び元に戻してしまえば、正確な場所を知らなければ見分ける事など困難だろう。
だが、この蓋を外して置いておけば、テミス達が地下水道を用いた事を喧伝しているようなものだ。
「……退路は無いに等しいと考えるべきだな」
シズクとユウキが地上へと上がると、テミスは忌々し気に呟きを漏らしながら、脇に避けた地下水道の『蓋』を閉じる。
三人が揃ったこの街路は、広々としている割に損耗が少なく、陽が昇ったとしてもあまり人が行き来する道では無いらしい。
「次の街路を右に曲がれば、正面入り口ですが……」
「フム……? とすると、この塀の向こうが……?」
「はい。研究所……と呼ばれる建物です」
「なる……ほど……」
潜めた声で告げるシズクの言葉に、テミスは胸の内で得心する。
このネルードを支配する者が座する建物の傍らだ。
如何に良く造られた道であろうとも、無用な嫌疑をかけられる危険性を考えれば、好き好んで通ろうと思う者は居ないだろう。
「この塀……すっごい高いね……。塀の上には柵もあるみたいだし……乗り越えるのは厳しいかな?」
「いや……通常の通用口には警備が敷かれているはずだ。敵の裏をかくのならば、侵入が不可能な場所から行くべきだろう」
「それはそう……なんだけど……」
研究初を囲う塀を見上げて声をあげたユウキに、テミスは緩やかに首を振って答えを返す。
しかし、ユウキは酷く言い辛そうに言葉を濁してから、傍らに立つシズクへチラチラと視線を送った。
「……? あぁ、私でしたら心配はご無用です。この程度の高さでしたら問題ありません」
「そ……そうなの……!? だったら平気……なのかな……?」
「ユウキ。一応訊いておくが、お前ここを登るために剣技を使う気ではないだろうな?」
「へっ……? そのつもりだけど……ダメだった?」
「やはりか……お前の剣技は潜入で用いるには、少し派手過ぎるが……」
「えぇっ!? でもそしたら、ボク登れないよ!? せめて紐か何かあれば……!!」
水を向けられたシズクは自身に満ちた微笑みと共に、両手に握ったクナイをユウキへ見せる。
元は諜報活動に従事していたシズクだ。猫人族の身体能力と併せれば、防壁を乗り越える程度のことは朝飯前なのだろう。
けれど、問題は肝心のユウキの方で。
ユウキの剣技は発動時に刀身に光を纏う。
太陽の輝く下でも見て取れるその光は、夜明け前の薄明りの中ではかなり目立ってしまう事だろう。
加えて、よじ登った塀の上は身を隠すものなど何もない未防備な状態。
光り輝く刀身など、潜入するには極めて不向きなのだが……。
「……仕方が無い。ならば、ユウキ。お前は殿だ。私とシズクが先に登り、安全を確かめてから合図を送る。そしたら、なるべく素早く事を為せ」
「わ……わかったっ……!」
数秒考えこんだ後、テミスは溜息まじりに答えを出すと、手早く二人に指示を出した。
既にこうしてここに留まっている時点で危険なのだ。
ならば悩んでいる暇はなく、更に敵の中枢に入り込む直前で失うには、ユウキという戦力はあまりにも大きすぎた。
「よし。では行くぞッ!」
「っ……!」
言うが早いか、テミスはシズクと頷き合い、大きく身を屈めて跳躍すると、クルリと空中で身を翻して、つま先を塀の先へと引っ掛けた。
その傍らでは、同じく跳躍したシズクが、石造りの塀の僅かな隙間にクナイを突き立てながら跳び上がってくる。
「ふっ……!!」
その間に、テミスは塀の頂上に引っ掛けたつま先を軸にして、身体を引き上げるように脚を縮めると、その勢いを利用して再び空中で身を翻し、音も無く塀の上へと着地する。
同時に、塀を登りきったシズクが傍らからぴょこりと顔を出し、塀の上に設えられた鉄の柵をがしりと握り締めた。
「よし……!! 良いぞッ!」
塀の上で周囲を見渡したテミスは、間近に巡回している警備兵が居ない事を確かめると、地上で待機しているユウキに指示を出す。
そんなテミスの指示が飛んだ直後。刀身に光を纏わせたユウキが宙を踊り、燐光をまき散らしながら塀の上へと着地したのだった。




