2117話 果たされる密約
闇に閉ざされた地下水道の細道に、三つの足音が木霊する。
ノルとリコと別れたテミス達は、先日に先行偵察を終えた入り口から地下水道へと潜り込み、迷いの無い足取りで一路ネルードの中枢を目指していた。
「…………」
「ね……。二人の事が心配?」
シズクを先頭に暗闇を駆け抜けていく中。
殿を駆けるユウキが、黙したまま駆けるテミスに身を寄せて問いかける。
「いいや。不安がないと言えば嘘にはなるが、迷いは欠片たりとも残してはおらんよ」
「ふふっ……! そっか……。なら安心だ」
「……そういうお前こそ、随分と不安気な面持ちだったが?」
「うん……まぁね……。でも、キミが信頼しているのなら大丈夫かな……って」
「信頼……ね……」
その問いにぶっきらぼうな声で答えたテミスだったが、ユウキの瞳の中で揺れていた迷いの光を見逃す事は無く、皮肉気な微笑みを浮かべて問い返した。
仮にも勇者を名乗っているユウキの事だ。
二人の前では心配をさせまいと気丈に振舞っていたのだろうが、本心ではこれから動乱に見舞われるネルードの町に、二人を残していく事が気がかりだったのだろう。
しかし、テミスの問いに答えを返す事には、どういう訳か揺蕩っていた迷いも消え失せていて。
テミスは肩を竦めて口角を吊り上げると、胸の内で鎌首をもたげた真実を捩じ伏せ、喉から零した笑いと共に言葉を付け加える。
「クク……。ま、そういう事にしておこう」
本心を語れば、テミスとてリコたちの方に不安がない訳ではない。
テミス達の襲撃により、ネルードが混乱に陥ると言えども、町の警備が全くのゼロになる事は無いだろう。
更に外縁部にまで達すれば、テミス達がネルードの中心街へ来た時と同じようなチンピラ連中に絡まれる可能性だってある。
二人とて訓練を積んだ騎士だ。そこいらの雑魚連中にやられてしまうほど弱くはない。
けれど、相手の数が増えれば苦戦は免れないうえに、警備兵に発見されては困る身の上である以上、手早く片付けて離脱しなくてはならない。
だからといって今テミスたちが有する戦力では、突入メンバーを二人の護衛に割く余裕などあるはずも無いのだが……。
「お二人とも……そろそろです」
「っ……了解だ」
「はぁい」
先頭を進むシズクが声をあげ、テミスは思考を断ち切って視線を前へと向ける。
そこには、先日エルトニア兵達と刃を交えた広場の入り口が口を開けていて。
テミスはシズクへ返事を返しながら足を前に進めると、先駆けの役を替わる。
そして、闇に呑まれたかのような錯覚を起こすほどに広い、広間の中へと足を踏み入れた時だった。
「来たか」
突如。
闇の中からコツリと足音が響いたかと思うと、テミス達の前にレオンたちが姿を表す。
その手には、火の灯されていないランタンと、既に抜き放たれているガンブレードが握られていて。
「っ……!!」
戦いへ赴かんとしているテミス達は、半ば反射的に各々の武器へと手を番えて身構える。
だが……。
「待って下さい。万が一、貴女たち来なかった時のための備えです。僕たちに交戦の意思はありませんよ」
一歩進み出たミコトが静かな声で告げると同時に、レオンたちは揃って手に携えていたガンブレードを鞘に納めた。
それから数秒の間を置いた後、テミス達も各々の武器の柄に番えていた手を離して、レオン達の前に並び立つ。
「本当に……行くんだな?」
「あぁ。行動を起こすのは、今を置いて他にはない」
「了解だ。ミコト」
「うん……。これを」
「……私が」
向かい合ったレオンはテミスと短く言葉を交わした後、ミコトの名を呼んで指示を出す。
すると、ミコトは懐からひと巻の羊皮紙を取り出して、ゆっくりとした動きでテミスへと差し出した。
けれど、警戒を露にしたシズクが割って入り、差し出したミコトの手を阻む。
「構わん。どうせ共有する」
「わかりました。簡単にまとめたものですが、この先の警備配置です。ですが、変更されている可能性もあります」
「頂戴します」
だが、阻まれたミコトは嫌な顔を浮かべるでもなく、静かな瞳をテミスに向けて問うと、テミスはコクリと頷いて答えを返した。
その言葉に素直に従ったミコトは、そのまま阻まれたシズクの手に羊皮紙を手渡すと、即座に中を改めるシズクに淡々とした声で説明を語った。
そして……。
「行け。俺達への契約を果たすのは、その後で良い」
「フッ……そちらも上手くやれよ?」
片手をあげたレオンが合図を出し、静かな声で言葉を紡ぐと、テミス達へ道を譲るかのように、レオン達は傍らへと身体を逃がす。
そんなレオンたちに、テミスはクスリと不敵な微笑みを浮かべて告げた後、先へと進むべく駆け出したのだった。




